第2話 【2】30分
応接室から出てきた社長はガッカリと肩を落とし少しばかり草臥れているように見えた。
「清蘭町の物件で事件だって!」
「はあ⋯⋯先輩、嬉しそうに言わない方が良いです。社長が泣きそうです」
チラリと視線を向けると両手で顔を覆った社長が泣き真似をする。だが、すぐに手を下ろし、顔を上げニヒルな笑顔を浮かべた。一度ガッカリして見せるのは社長がそれを可愛い仕草だと思っているから。面倒な人なのだ。
そして、これは社長が「裏」モードに入った合図でもある。
「諸君、この問題を解決し、無事に物件の販売を行えたのなら臨時ボーナスを出すぞ」
「やった!」と声を上げたのは上杉景子。その隣で直江兼斗は大きなため息を吐いた。
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株式会社笑顔不動産は社員二十名ほどの小さな会社だ。
普段は地元の不動産売買や賃貸の仲介が主な仕事。だが、時々地元の問題に首を突っ込み、解決する事がある。所謂非公式裏家業的なものだ。
今回は自分の管理する物件が現場になった事で社長は水を得た魚の如く「警察よりも先に犯人を見つけるのだ」と息巻いた。
その任務を申し付けられたのは上杉景子と直江兼斗のコンビ。
二人は早速物件の購入予定者の元へとやって来たのだった。
「先程、警察の方がいらっしゃいました」
豪邸の購入予定者にしては随分と若い。彼女の名前は藤田琴音、二十六才。
「先輩と同じ歳で豪邸か⋯⋯」なんて呟いた直江の脇腹を上杉は思いっきり抓った。
「この度は弊社の管理不行き届きで申し訳ありません」
「あ、いえ⋯⋯そちらのせいではない、と思います」
藤田はそう言うと気まずげに視線を逸らす。
上杉は事件について何か糸口になりそうな事を聞き出せないだろうかと出された珈琲を口にしながら思案する。
亡くなっていた人は知り合いなのか。何故鍵が開いていたのか。購入意思は変わらないか。
上杉としては一番聞きたいのはどうしてて豪邸を購入できるのかだが。
「災難ですよね、こんな事件に巻き込まれて。⋯⋯でも良いなあ、あんな豪邸が買えるなんて。私なんて今、会社の三階に住んでるんですよね。それも六畳一間のワンルームですよ。藤田様のこの部屋だって広くて綺麗で明るくて羨ましい。家具も素敵だし、あの馬車の置物なんて凄く可愛い!」
「えっ、先輩、社の上の部屋に住んでるんですか!? 僕でも駅前のマンションですよ!? いたっ」
上杉はテーブルの下で再び直江を抓る。
身を捻って悶える直江にクスクスと声を上げたのは藤田だ。
「ふふっ上杉さんて素直だと言われませんか? そうですね今までの私ではあんな大きな家、無理ですよ」
「あの、失礼な質問ですが⋯⋯その資金は⋯⋯いえ、ウチの物件の中でもかなり高価になるので」
「気になりますよね⋯⋯臨時収入、とでも言いますか」
「宝くじとか、ですか」
「⋯⋯の、ようなものです」
「では、ご購入のご意志はお変わりにならないと?」
「はい。確かに気持ちの良いものではありませんが⋯⋯それ以上にあの家を気に入ったのです」
そう言って笑う藤田の顔に陰が落ちた。その仕草に何かあるのかと直江は考えを巡らせる。
もしも、だ。藤田が犯人だったとしたら? 自分で事件を起こし少しでも値を下げさせようとしているとしたら?
そんな風に考えて直江は自分の頭を小突き上杉がチラリとこちらを見てきたので慌てて考え事を止めた。
「庭の桜も見事ですものね」
「ええ、一番気に入っているのはあの桜です」
遠くを見るような藤田の視線。それはどこか悲しげでその様子に直江は妙な違和感を持った。
「それで⋯⋯藤田様は被害者に心当たりがあったりは⋯⋯」
「警察の方にも聞かれました。知らない方です。鍵が開いていたらしいですけど私は鍵を持っていませんからその理由は、分かりません」
そうなのだ。藤田はまだ購入予定者。鍵は会社が持ち、藤田が内覧する際には上杉か直江が同行していたのだから。
「鍵の件は弊社でも確認中です。お引き渡しの前に防犯性の高い鍵に弊社で交換させていただきます。この度は本当に申し訳ありません」
「いいえっ上杉さんは何もっ。勝手に入り込んだ人が、悪いと⋯⋯でも交換はありがたいです」
上杉は世間話をしながら聞きたいことを書き出していた。こういう所は上杉になかなか追いつく事が出来ないものだ。
直江は関心しながら二人の会話の邪魔にならないよう適度に相槌を入れる。
「あら、いやだ長居しちゃったわ。そろそろおいとまするわ」
「いいえ、楽しかったです。私、景子さんが担当で良かったって思うんです」
「うふふ、琴音さん嬉しい事言ってくれるわね。褒めても値引きしませんよ?」
「ふふっそんなつもりはありませんよ。でも安くしてくれるまで褒めようかしら」
たわいもない話の中でいつの間にか互いを下の名前で呼び合う二人に、女性のコミュニケーション能力の高さには勝てる気がしないと直江は苦笑した。
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藤田の家を出た上杉と直江は次に現場となった物件へと向かっていた。
運転は上杉。助手席の直江はタブレットを操作しながら藤田琴音が怪しいと言う。直江の意見に上杉は少しばかり懐疑的だった。
「藤田さんは商社に事務職としてお勤めですね。大手ではありますが事務職ではそれほど高い収入が得られません」
「臨時収入があったって言ってたわね」
会社としてはちゃんとお金を払ってもらえるのならその金の出所は詮索しない。
けれど所得偽装に関わっている場合は別だ。
もっと調査が必要だと呟きながら上杉がハンドルを右へと切る。
やがて見えて来た豪邸。それが目的地。
野次馬の奥に数台のパトカーが見え、黄色と黒の規制線の間を何人もの人が行き来する物々しい雰囲気だった。
上杉は堂々と豪邸の駐車場へと車を停めると当然のように家の中へと向かって行った。
彼女のあまりにもの堂々とした態度に慌ててやって来た警察に向かって「この家の管理者よ」と警察手帳よろしく上杉は社員カードを掲げ、その勢いに呆気に取られた警察官の横を通り抜けて行く。
直江が上杉に続いて規制線を潜った時だった。
「一般人が入ってきちゃ困るな」
恐る恐る顔を上げた玄関先で仁王立ちしていたのは会社に来ていた如何にもな風体の刑事。上杉が動きを止めると手の平を払うようにヒラヒラとゆらした。
「この家の管理会社の者です。えっと、ごめんなさい名前忘れちゃったわ。社の方に来た刑事さんよね」
ニッコリとする上杉に名前は確か山谷と名乗っていたと直江はそっと耳打ちする。上杉は張り付いた笑顔のまま直江の脇腹を抓った。
(知ってるわよ)
口の中でそう言った上杉は何故か山谷に負けじと対峙する。そんな彼女の姿に山谷が何かに気付いた。
「──ああ、お節介にも事件に首を突っ込む一般人がいるって噂を耳にするが、そうか、君達だったのか」
ニヤリとした山谷に「話が早いわ」と上杉もニヤリと返した。
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