其の弐

 〜人は一日に約35,000回の決断をしている〜 Prof.Barbara Sahakian


「いらっしゃいませー、お好きな席にどうぞー」


 はぁ、、、疲れた。

 純日本的なネーミングのカフェに辿り着いたヤスノリは、両手の重い荷物を一旦足下に置いた。

 ミッション開始時刻にはまだ少し余裕がある。そこで、少し時間を潰そうと考え、駅ビルにあるカフェに足を向けたのだった。


 お好きな席か・・・。初めて来た店に、好きな席などあるはずがないのだが。

 そうはいっても席を決めなければならない。一刻も早く座りたいので手前の席するか?いや少し落ち着ける奥の席がいいか?。広い店内を見渡し、少し思案した結果、落ち着ける奥の席を選んだ。


 ソファーに腰を下ろし、やっと一息着いたところを見計らったように、スタッフがやって来て、お冷をテーブルに置く。

「ご注文はスマホを使ってして頂く事ができます。それかテーブルのボタンを押して頂いても構いません。ごゆっくりどうぞ」


 なるほど、さすがは全国チェーンのカフェ、スマホで注文できるのか。さて、スマホでするか?、それともテーブルのボタンでスタッフを呼ぶか?。短い思案の後、せっかくなので、スマホにしようと決め、テーブルの上に表示してある2次元コードを読み取った。


「お客様のテーブルはまだご注文の準備が整っておりません」


 な、なんてこった!


 愛用のスマホの画面に表示された文字に、ヤスノリの選択は無惨にも跳ね返された。 スマホで出来ると言ったじゃないか。

これまでの道のりによる疲れが、些細なトラブルに対する怒りを倍増させる。

仕方ない、ボタンを押すか。結露が滴るコップのお冷を一口あおって、ヤスノリはテーブルに置いてあるモーニングのメニューを手に取った。


 この店のモーニングは、パン、そのパンに塗るもの、トッピングまたはサブメニューを選択する仕組みになっている。ヤスノリは常々、注文時にスタッフをテーブルに呼んで、グタグタ悩む事を実に無駄な行為と思っていた。飲食店でそんな客を見ると、メニューがあるんだから、スタッフ呼ぶを時点でしっかり決めておいたらいいじゃないかと、心の中で毒を吐く事も少なくない。

 ここはスマートに、スパッと注文を伝えなければ、そう心に決めて、改めてモーニングメニューと対峙した。


 まずはパンだ。四角い半分に切ったトーストか?それとも丸いパンか?、ここはトーストだ。

 そしてそのパンに塗るのは、マーガリンか?またはいちごジャムか?ここはマーガリンだな。

 トッピング、サブメニューは、ここは三択だ、丸く盛られた餡子か?同じくゆで卵を潰してマヨネーズで和えたやつか?それとも、ゆで卵か。ここは迷わずゆで卵で。

 ちなみにヤスノリは板東英二並にゆで卵が大好きだった。

 よし、決まった。ヤスノリは、頭の中で組み立てたモーニングのセットを反芻する。

 パンはトースト、それに塗るのはマーガリン、そしてトッピングはゆで卵。

 完璧だ、ヤスノリは満を持してテーブルのボタンを押した。

 ピンポーン、その音は戦いを始めるゴングのように店内に響いた。

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