第54話

☆☆☆


彰が取り調べの最中に亡くなったことは、翌日警察からの連絡で知った。



彰は本当に最後の力を振り絞って、蘭を守ったのだ。



蘭は完全なる被害者だと、世間に植えつけて死んでいった。



蘭はそうじゃないと言いたかったが、彰の最後の優しさを無駄にすることもできなかった。



だからこの誘拐事件の真相は彰と蘭だけが知っている隠し事となった。



それから数年の月日が流れて……。



「おはよう蘭」



「おはよう。今日の講義ってさぁ」



蘭は保育士を目指し、彰と同じ大学に通い始めていた。



それまで子供に興味を持っていなかった蘭だから、周りの人たちは驚いていた。



だけど母親だけはなんとなくわかっていたようで、ただ「頑張りなさい」とだけ、声をかけてくれていた。



大学が終わると近くのパン屋にアルバイトに行く。



ここの店長は蘭のことに気がつくと大いに驚いていたけれど、快く採用してくれた。



どうして自分を誘拐した犯人と同じバイト先に来るのか、気にしているだろうけれど、踏み入った質問をしてくることもなかった。



そして、バイトも終わると……。



蘭は自転車に乗ってとある集合墓地へ来ていた。



その中で一番日当たりが悪くて、雑草が伸びている場所を目指す。



「あ~あ、こんなに汚れちゃって」



ブツブツと文句を言いながら墓掃除をするのが、蘭の年3度のイベントだった。



誘拐犯のお墓の掃除なんて誰もやりたがらない。



彰はほとんど天涯孤独の身だったし、世間の目もあるし、仕方のないことだった。



蘭は手を止めて真新しい菊の花へ視線を向けた。



表向きにはなにもしていないように見せていても、本当はみんな彰のお墓参りをしにきていることも知っている。



施設の先生や子供たち、それにパン屋の店長。



ただ、長居をしないから雑草だけは蘭が掃除をしているのだ。



手馴れた様子で草刈をする蘭は自然と鼻歌を歌っていた。



とても気分がいいときに出てくる鼻歌だ。



そういえばお母さんにもこういう癖があったっけ。



そう思い出してクスッと笑ったときだった。



「ひとりじゃ大変でしょう」



その声に驚いて振り返ると、更に驚くべき人物がそこに立っていた。



蘭は唖然として自分の母親を見つめる。



母親が立ち尽くしている蘭の横にかがみこんで、準備して来た道具を使い草むしりを手伝い始めた。



「お母さん、どうして」



「さっき言ったでしょう。ひとりじゃ大変だからよ」



なんでもないことみたいに言っている。



「でも……」



「わかってるわよ」



母親は蘭を見て言った。



「え?」



「彰くんのこと、本気で好きだったってこと」



そういわれて胸が一杯になった。



ちゃんとわかってくれていた。



ストックホルム症候群なんかじゃないって、理解してくれていた。



それが嬉しくて、涙で視界が滲んでしまった。



「それに……」



母親は手を止めて軍手を外すと蘭の体を抱きしめた。



「……お母さん?」



「お母さんは、あんたに謝らないといけないことが沢山あるよね。本当にごめんね」



きつくきつく抱きしめられる。



それに驚いて、涙は引っ込んでしまった。



あの時につけられた傷も、心の穴も、簡単に塞がるものじゃない。



自分はきっと、ずっとなにかが欠けたままだろう。



だけどきっとすべてがうまくいく。



そんな気がした……。




END

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ある日、好きな人に誘拐されました。 西羽咲 花月 @katsuki03

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