第53話
時折彰の額に手を当てて熱を確認した。
熱は下がる気配がなく、彰は眠りながらも苦しそうに顔をしかめる。
そんなとき、蘭は鼻歌を歌った。
蘭がいつも口ずさんでいた歌は、彰も知っていたから。
唯一自分たちの共通点だと思えるその歌を歌うと、不思議と彰の呼吸は整い始めた。
そして、朝日が昇り始めた。
暗い路地裏で一夜を明かしても蘭は少しも怖くなかった。
だってすぐ近くに彰がいる。
彰と離れ離れになっていたときはあれだけ不安で、怖かったのに、その思いは嘘のように消え去っていた。
暗い路地に朝日が差し込み始めたとき、彰が目をあけた。
熱はまだあったけれど、苦しそうではない。
「キレイだな」
蘭の膝から空を見上げている彰は呟く。
蘭も同じように空を見上げて見た。
路地の形に切り取られた空がさわやかな朝の色に染まっていく。
「本当だね」
「俺たち、もっと別の方法で出会うべきだった」
「後悔しているの?」
視線を彰へ向けて聞くと、彰は少しの間押し黙った。
そして「いや。後悔はしてない」と、答える。
蘭もそれにうなづいた。
そう、あたしも後悔はしていない。
一般的にはありえない出会い方でも、欠けているもの同士が出会うにしては、ちょうどいい出会い方だった。
「後悔はしてないけど、やり残したことならある」
「なに?」
聞くと、彰はゆっくりと体を起こした。
もう、体を起こすのも蘭の手助けが必要だった。
「俺がやり残したこと、それは……」
蘭と彰は見つめあう。
彰の次の言葉を待つその瞬間「見つけたぞ!!」路地の入り口でそんな叫び声が聞こえて、2人同時に振り向いた。
そこにはひとりの警察官の姿がある。
蘭は大きく息を飲んで立ち上がった。
蘭たちの後ろ行き止まりで逃げ道はどこにもない。
警官の叫び声を聞きつけて、すぐに応援がかけつけた。
彰が小さく舌打ちするのが聞こえてきて、次の瞬間には蘭の首元にナイフが突きつけられていた。
咄嗟のことで身動きが取れなくなり、蘭は隣の彰を見つめる。
彰はどうにか立っている状態で、警官隊をにらみつけた。
なにしてるの。
こんなことをしたら、本当にあなたは悪者になってしまう。
これじゃ本物の、誘拐だ……!
蘭は必死に身をよじって彰の手から逃れようとする。
しかし、どこにそんな力が残っていたのか、彰は片手で蘭の体を抱きしめるようにして拘束し、もう片方の手でナイフを握り締めたままだった。
「その子を離せ!」
警官隊が彰へ拳銃を向ける。
やだ、やめて。
違うの。
あたしは好きでこの人と一緒にいるの。
そう伝えたかったが、喉に押し当てられたナイフのせいで声が出なかった。
「蘭」
彰は真っ直ぐ警官隊を見つめて言った。
「俺がやり残したこと……。俺はお前が好きだ」
彰はそう言うと同時に蘭の体を横へ突き飛ばした。
途端に警官隊が駆け寄ってくる。
彰はナイフを手から落とし、両手を上に上げた。
「彰っ!!」
蘭の叫び声は駆け寄ってきた警官隊たちによってかき消された。
「彰! 彰!」
近づこうとしても彰の体が警察官に取り押さえられ、引き剥がされる。
彰、あたしも彰のことが好きだよ。
もうずっと前から。
彰が引くくらい前から好きだったよ。
「6時32分、容疑者逮捕!」
カシャンッ。
冷たい手錠の音が朝の空気を振るわせた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます