第51話
「なにを言っているのよ蘭。あなたはあの男に誘拐されたのよ? すごく怖い思いをさせられたんでしょう」
母親の目からは涙がこぼれだしていた。
ボロボロボロボロと、父親が死んだときにだってそれほど泣かなかったのに。
それでも蘭は母親の言葉を否定するしかなかった。
たしかに自分は彰に誘拐された。
最初は殺されるかと思って怖かった。
だけどそれはほんの一瞬だった。
覆面を取った顔を見た瞬間、そんな恐怖は消えて行ったんだから。
蘭は母親の手をそっと離した。
「ごめんお母さん。あたし、行かなきゃ」
彰が行きそうな場所は、まだ心当たりがある。
そこを調べてからじゃないと家には帰れない。
「待って、蘭!」
蘭は後ろから聞こえてくる母親の声を無視して、走り出したのだった。
☆☆☆
蘭が最後に訪れたのは彰が育った施設だった。
彰の話を聞いていて頭に浮かんできたのは、近所にあるこの施設だけだったから。
しかし、施設の前にも沢山の報道陣が集まっていて、ここも警備員の人ともみ合いになっている状態だった。
施設の中にはまだ幼い子供たちが沢山いるのだろう、警備員たちに混ざって先生たちが必死で報道陣を追い返している。
その光景を見て蘭はその場に崩れ落ちてしまいそうになった。
一番可能性が高いのはここだったけれど、こんな状況じゃ彰は戻ってこれなかったことだろう。
ためしに施設の裏へ回ってみたけれどそこにも報道陣たちでごった返していた。
これで、彰が行きそうな場所はすべて探しつくしてしまった。
アルバイト先が2件に大学に施設。
自分が知っている彰の行動範囲はこれだけしかない。
そう理解すると途端に笑いがこみ上げてきた。
自分は彰のなにを知っていたんだろう。
あれだけ熱心に付きまとっていたのに、なにも知らなかったんじゃないか。
法律違反のストーカー行為をしていたくせに、持っている情報がごく少ないものだけだ。
途端に自分のしてきた行為が滑稽に感じられた。
きっと智志くんのときもそうだったんだろう。
相手に散々恐怖や嫌悪を感じさせておいて、その実自分は智志くんのことをなにも知らないままでいるんだろう。
自分なら彰を探すことができる。
そう、思っていたのに……。
悔しくて情けなくて、言葉にならない感情が胸の奥からあふれ出してくる。
声を上げて泣きそうになってしまい、蘭は慌てて細い路地へと身を隠した。
途端にボロボロと涙が溢れて立っていられなくなり、背中に塀を押し付けて座り込んでしまった。
もうダメだ。
ここまで探して見つけられないんじゃ、もう二度と彰には会えない。
最低な別れ方をしてしまった。
あんな、喧嘩みたいなことするんじゃなかった。
いくら後悔してももう遅い。
もう、彰には会えないんだから……。
「どうして泣いてる?」
その声に蘭はハッと息を飲んだ。
声が聞こえてきたほうへ視線を向けると、路地の奥に人影が見えた。
その先は行き止まりのはずなのに。
「え……」
「俺を探してきたのか?」
路地に袋を置き、その上に座り込んだ状態で彰は言った。
「彰っ!!」
思わず大きな声を上げてしまい、すぐに両手で口を塞いだ。
でも夢じゃない。
間違いなく、今目の前に彰がいる。
「ストーカーってすごいんだな」
彰は呆れたような、でも嬉しそうな顔をして言った。
蘭は彰に近づいていき、そして変化に気がついた。
彰の顔がいつもよりはるかに青白い。
それに服や手に赤いものがついている。
「彰さん、それ、どうしたの?」
「もう呼び捨てでいいよ」
そう答える口の中も赤く染まっていることがわかり、蘭は息を飲んだ。
吐血したんだ!
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