第48話
しばらく通っていたから相手も蘭の顔を覚えているはずだ。
「はい?」
店長は怪訝そうな顔をうかべて蘭に近づいてくる。
蘭は一歩後退して、店の外へ出た。
「勝手に入ってごめんなさい。どうしても話が聞きたかったので」
追い返されてしまわないよう、先に頭を下げる。
自分だと悟られないように、少し声を低くした。
「話って?」
「あの、ここに勤めていた尾島彰さんのことなんですが」
そう言った瞬間店長は顔をしかめて、深いため息を吐き出した。
「もしかしてあなた、記者の人ですか?」
そう聞かれて、蘭は咄嗟に「はい」と、答えていた。
いい意味で勘違いしてくれている。
「他の人にも何度も説明したけどね、彰くんは働き者でとてもいい子だったよ。女子高生を誘拐なんて考えられない。人違いなんじゃないか?」
店長は蘭を射るような目になってそう言った。
テレビニュースでは散々彰のことを悪く伝えているようだから、腹を立てているのだろう。
それくらい彰は信頼を得ていたのだ。
「わかります。彰さんは悪い人じゃありません」
蘭は思わず力強く同意してしまい、店長は拍子抜けしたようにポカンと口を開けて蘭を見つめた。
「すみません、話の本題なんですが、彰さんがどこにいるかご存知ないですか?」
もしくはこの店にかくまっていないか。
その期待を込めて聞いたのだけれど、店長はまた大きなため息を吐き出して左右に首を振った。
「わからないね。うちと、もう一箇所アルバイトをしていたみただけれど、それ以外に行きそうな場所は知らない」
蘭はジッと店長の目を見つめてその話を聞いていた。
店長は一度も視線をそらさない。
きっと、嘘をついていないからだ。
「……わかりました」
「力になれなくて悪いね」
「いいえ」
うなだれて店長に背を向けたとき、後ろから声をかけられた。
「なぁ、あいつはいいヤツだろう?」
その質問に驚いて振り返る。
店長が含み笑いを浮かべている。
一般的な記者に投げかけられる質問じゃないことはわかっていた。
この人は、蘭のことを気がついている。
それでいてなにも言わずにいてくれているのだ。
蘭はマスクの下で下唇をかみ締めた。
こみ上げてくる涙を押し殺して大きくうなづいて見せて、そしてまた背を向けたのだった。
☆☆☆
居酒屋にもパン屋にもいない。
意気消沈してきた蘭が次に訪れたのは彰が通っていた大学だった。
この近辺で幼児教育学科がある大学はK大学しかない。
しかし、大学に近づいたときここにも沢山の記者が詰め掛けているのが見えた。
大学はすでに始まっている時間だから、生徒たちに危害が加えられないよう警備員と押し合いになっている。
蘭はその様子を少し離れた場所で確認した。
大学生に混ざってそ知らぬ顔をして侵入することはできると思う。
だけど、自分が誘拐された被害者だとバレることは許されない。
そんなことになったらもう二度と彰には会えなくなるだろう。
蘭は大きな灰色の大学を見上げてみた。
学科が多い分蘭が通っている高校よりも一回りほど大きい。
灰色のその建物の中に彰はそっと身を隠しているかもしれないのだ。
ここまで来て引き返すなんてありえなかった。
「よし、大丈夫」
蘭は口に出してそう言い、マスクの位置を直すとせめぎあっている報道陣の中へと自ら入って言ったのだった。
「あ、今学生さんが来ました! すみませーん、お話をきかせていただけませんか?」
女性キャスターが蘭へ向けて声をかける。
蘭は視線をそらして早足で校門を抜けようとする。
しかし、その前にキャスターが立ちはだかりマイクを向けてきていた。
蘭は下を向き、必死に顔を隠す。
「学生たちの邪魔をしないでください!」
キャスターの後ろから大学の警備員が注意している。
蘭の背中には冷や汗が流れ、心臓は早鐘を打っていた。
これじゃいつバレるかわからない。
早くここを突破してしまわないと。
そう思ったとき、蘭の目の前にカメラが移動してきた。
どうしても学生のコメントを映像として残しておきたいのだろう。
蘭は咄嗟に横によけて、キャスターやカメラマンをすり抜けて走った。
「あ、ちょっと!」
キャスターの悔しそうな声が後方から聞こえてくるが、蘭は足を止めなかった。
大丈夫だよね?
今の、映っていないよね?
走って校内へ向かいながら蘭の心臓は今にも張り裂けんばかりだった。
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