第47話

それから蘭は気持ちを奮い立たせて彰の家の近くまで戻ってきていた。



大きなマスクをつけて自分だと悟られないように注意しながら、電信柱の影からそっと様子を伺って見る。



するとそこには複数の警察官や野次馬、そして報道陣などでごった返していた。



昨日逃げ出したときよりも遥かに人数が増えている。



この付近を歩くだけでも何人もの警官を見かけたし、これでは彰はここに戻ってくることはできなかっただろう。



じゃあ、一体どこに行ったんだろう?



病に侵された体でどこまでもいけるとは思えない。



蘭はきびすを返して家に背を向けた。



とにかく彰が行きそうな場所を手当たり次第に調べてみるしかなさそうだ。



といっても、それも数が限られているけれど……。



不安に押しつぶされそうになりながら次に蘭がやってきたのは、彰がアルバイトをしていた居酒屋だった。



蘭が誘拐された場所でもある。



ここまでやってくるとさすがに報道陣などの姿はなくて、蘭は一安心した。



しかし、彰のバイト先だったということがバレれば、ここにも彰の居場所はなくなってしまうだろう。



入り口に近づいてみるが、自動ドアは反応しなかった。



窓には営業時間が夕方4時からだと書かれている。



入り口のドアに耳を当てて中の様子を伺ってみたが、物音ひとつしない。



まだ仕込みの時間にもなっていないようだ。



蘭は横の路地に入ってしばらく待ってみたけれど、居酒屋の人が誰も来なかったのだった。



次に蘭が訪れたのは彰を初めて見たあのパン屋さんだった。



彰が奥から出てきたときの衝撃は今でも忘れることができない。



自分と彰の時間だけ停止してしまったかのように、ひどくスローモーションに見えたのだ。



その瞬間、蘭は思った。



あぁ、この人があたしの運命の人なんだ。



そしてそれを信じて疑わなかった。



蘭は一瞬にして彰のとりこになり、翌日から張り込みの刑事のようになってしまったくらいなのだから。



それ以前にも智志に同じような行為をして警察沙汰にまでなっているのに、自分が悪いことをしているなんて、少しも感じなかった。



前と同じことをしているという自覚もない。



だって今度こそ運命の相手を見つけたのだから、相手が迷惑がっているわけがない。



本気でそう考えていた。



パン屋の開店時間まではまだ30分ほどあったけれど、中からパンが焼けてくるいい香りが漂ってきていた。



表から入ろうとしても、もちろん鍵がかけられている。



蘭は従業員入り口のある裏手へと回った。



何度も彰が出入りしているところを見ているから、勝手知ったる店になっているのだ。



裏手の重厚感のあるドアをノックする。



しかし忙しいのか聞こえていないのか、誰も出てくる気配がない。



もう一度ノックしてみるが、結果は同じだった。



そうしている間にも彰はどこかで倒れているかもしれない。



そう思うといてもたってもいられなくなり、蘭は勝手にドアを開けていた。



「すみません、誰かいませんか?」



ドアをあけると短い通路があり、右手に従業員控え室、左手に従業員用のトイレがあった。



そして突き当たりの部屋がパン工場というわけだ。



突き当たりの部屋の中からは光も音も漏れてきている。



「すみません!!」



蘭は作業中の人でも聞こえるくらい大きな声を上げた。



すると何事かと慌てたような足音がして、突き当りの部屋のドアが開いた。



出てきたのは蘭も何度も見たことがある、この店の店長さんだ。



30代半ばのその人は人のよさそうな、丸っこい顔をしている。



蘭は咄嗟にマスクを鼻の上の方まで移動して、顔をかくした。

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