第45話

もしかしてアルバイトをふたつともやめてしまったんだろうか?



だけど、仮に貧乏学生だとしてそんなに簡単にバイトをやめることができるだろうか?



様々な考えが頭の中をよぎり、不安で押しつぶされそうになった。



そしてあの日。



蘭は彰のバイト先を行ったりきたりしていたのだ。



居酒屋は開店前だとわかっていたが、行かずにはいられなかった。



数日間彰の顔を見ていないだけで、動機がしてきそうだった。



そして、なにも知らない彰は蘭を誘拐した……。



信じない


すべてを話し終えて蘭は大きく息を吐き出した。



今までずっと黙ってきたことを話すと、少しだけ胸の中がスッキリする。



けれど同時に罪悪感が生まれていた。



自分がしてきたことは完全にストーカー行為。



それこそ犯罪だ。



それを被害者である彰に伝えるのはかなりの勇気が言った。



蘭の背中には汗が滲んでいて、少しだけ呼吸も乱れている。



「嘘だ」



ここまですべてぶちまけたのに、彰はゆっくりとそう言った。



蘭は呆れ顔を彰へ向ける。



「全部、本当のことだよ」



嘘なんてひとつもついていなかった。



彰の話だと、彰も蘭への憧れを持っていたようだから、その頃の思い込みがまだ残っているのだろう。



蘭は誰かをストーカーするような少女ではないと、思っていないのだ。



「その証拠に、あたしは今でも少しも彰さんのことを怖いと思っていない」



蘭がそう言うと、彰は言葉を失った。



彰が蘭を殺そうとしたときだって、蘭は恐怖を感じていたようには見えなかった。



実際にそうだったのだ。



蘭は少しも怖くはなかったんだ。



「あたし嬉しかった。彰さんが一緒に死のうって言ってくれたとき、あたしを選んでくれたのが嬉しかった」



蘭は心の底からの本心を伝えた。



自分がどれだけ彰のことを好きでいたか。



今が伝えるときだと思った。



「1年も前から、俺のことを?」



蘭はうなづいた。



「あたし、人を好きになると歯止めが聞かなくなっちゃうみたいなの。智志くんのときもそうだった」



「智志?」



「そう。ほら、テレビニュースで顔を隠して発言していた人。覚えてる?」



「あぁ。蘭を誘拐する前に歩いてたヤツだな」



彰もあのニュースを見たときに同一人物だと気がついていた。



「あの人、智志くん。あたしが昔好きだった人。だけど、警察に通報されちゃって、今は近づいちゃいけないことになってるの。あの日は偶然会っちゃった

けど、智志くんあたしの顔をみてすごくおびえてた」



今思い出しても申し訳ないことをしたと思う。



おびえさせるつもりはなかったのに。



「そんな……」



それでも信じたくないのか、彰は目を伏せた。



蘭は小さくため息を吐き出してバッグの中から、電源が落とされているスマホを取り出した。



このスマホには警察からの通告メールが残されている。



それを見れば否が応でも信じることになると思う。



蘭がスマホの電源をつけた瞬間、沢山のメッセージが一気に受信された。



アプリだけでなく、普段はあまり使わないメール機能も動き出す。



そして何十件という電話がかかってきていることにも気がついた。



蘭は一瞬動きを止めて友人たちからのメッセージに目を向けてしまった。



《蘭、今どこにいるの?》



《返事をして! 大丈夫なんでしょう?》



《いつでもいいから、必ず返事をくれ》



《心配だよ。連絡ちょうだい》



《蘭、あたしだよ。どこにいるの?》



《平野、電話に出ろよ!》



沢山の、沢山のメッセージ。



一瞬にして楽しい学校生活の様子がよみがえってしまった。

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