第44話
「ずっとって?」
自分と蘭が出会ったのはこれが初めてのはずだ。
彰は蘭の存在に気がついていたけれど、まさか蘭も……?
そう考えた時、蘭が彰の前で正座をした。
そしてそのまま深く頭を下げてきたのだ。
彰は戸惑い、蘭は真剣な表情で顔をあげる。
「そう、ずっと。ずーっと、あなたのことを見ていたの……」
☆☆☆
蘭が初めて彰を見かけたのは1年前のことだった。
高校1年生にあがったばかりだった蘭は学校帰りに小腹を満たすために、パン屋に寄り道をした。
そのパン屋は昔からあり、蘭のような学生でよくにぎわっている場所だった。
お店に入った瞬間ただようパンの香りに頬がゆるむ。
壁沿いに並べられた棚には惣菜パンや菓子パンなどがところ狭しと置かれていて、部活終わりの生徒を狙ってか、作りたてのものが多かった。
かくいう蘭も部活終わりの一人で、この頃の蘭はバドミントン部に在籍していた。
1年生の間は簡単に部活を休むこともできないし、部活終わりの片付けまで担当するのが常識とされている部だった。
そのため帰りはいつもお腹がペコペコになっているのだ。
そんなときに、このにおいに誘われない高校生なんて滅多にいない。
トレイを左手に、トングを右手に持って店内の商品に視線を泳がせる。
体を使った後だから甘いものがいいな。
家に戻って夕飯までに食べるパンもほしい。
そんなことを思って次々とトレイに出来立てのパンを乗せていっていたとき、店の奥から出来立てのパンを持ってきた店員さんを見かけた。
「ただいまレーズンパン焼きたてです」
店内によく通る声。
そして棚に並べていくその姿。
その顔を見た瞬間、蘭の心は奪われていたのだ。
スラリと背が高くてまるでモデルのような体系。
顔立ちも整っていて中世的で、どこか病弱そうに感じられるその雰囲気が余計に蘭の興味を引きつけた。
こっそりと胸につけられているネームを確認すると、そこには尾島と書かれていた。
残念ながら苗字だけで、下の名前まではわからなかったけれど。
それが、蘭にとって初めて彰と出会った瞬間だったのだ。
そしてその瞬間に恋に落ちていた。
小学校時代の数年間を悲しい思いと共に過ごした蘭は、異性を好きになると周囲が見えなくなることもままあった。
翌日から蘭はバトミンドン部を無断欠席し、パン屋へ向かうようになったのだ。
しかしその日は残念ながらいくら待ってみても彰の姿を見ることができなかった。
そこでパン屋の店長に「尾島さんはいつ出勤してきますか?」と質問したところ、それは個人情報だから答えられないと返されてしまった。
そう言われると無理に聞き出すことはできない。
しつこくして警察に通報されても困る。
そこで今度は店の近くの小さな公園で、彰が出勤してくるのを待つことにした。
どうしても彰のシフトを把握したくて、一週間同じことを繰り返した。
「蘭、部活やめたの?」
同じバドミントン部の子にそう声をかけられて、そういえば自分は部活動に入っていたのだということを思い出した。
彰を見張り始めてから、部活のことなんてすっかり忘れてしまっていたのだ。
蘭はその日の内に退部届けを提出した。
すべては彰と出会うため。
そしてようやく、彰は週に3日このパン屋にアルバイトに来ていることがわかった。
金曜日の夕方から閉店までと、土日にフルタイムだ。
そこまでわかれば彰が出勤している日を狙ってパン屋に来ればいいのだが、蘭はそれでは飽き足らなかった。
それよりも先に、もっと彰のことが知りたいと願った。
そこで蘭は彰のバイトが終わるのを待って、後をつけ始めたのだ。
これで彰の家がわかる。
アパートか一軒屋か。
もしかしたら家族構成までわかるかもしれない。
はやる気持ちを抑えながら、彰に気がつかれないように尾行を繰り返した。
彰が何度か蘭を見たのは当然のことだったのだ。
蘭が彰を追いかけていたのだから。
しかし、そうしてたどり着いたのは彰の家ではなく、飲み屋街だった。
大学生っぽいし、これから飲み会などがあったとしても不思議ではない。
だけど飲み会といえば女の子との出会いもあるのではないかと、蘭は内心ヒヤリとした。
けれどそんな心配もなく、彰がここでもアルバイトをしているのだとわかった。
アルバイトを二箇所掛け持ちというのことは、彰はアパートかなにかでひとり暮らし。
親からの仕送りだけでは足らないのかもしれない。
だんだん彰がどんな人なのか見えてきたときのこと。
蘭はいつもどおりパン屋で彰を待ち伏せしていた。
しかし、いくら待ってみても彰は姿を見せなかった。
それならばと居酒屋で待ち伏せをしたが、やはり姿を見せなくなった。
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