第43話

記者からの質問に淡々と答えている。



蘭も彰も、2人とも無言でテレビ画面を見つめた。



蘭がその後いなくなり、その日の内に両親が行方不明届けを出していたこともわかった。



そして……。



「びっくりしちゃったわよ。だって、行方不明になっている子そっくりなんだから!」



画面上に出てきたのはエプロンをつけた40代くらいの女性だった。



その人には見覚えがあった。



あの日、彰と2人並んでゴミ捨てに行った時に会った主婦の人だ。



彰がうめき声を上げて頭を抱えた。



「一緒に歩いていたのはね、この近所の子で――」



いたたまれなくなり、蘭は強引にリモコンを奪い取ってテレビを消した。



再び周囲は静かになったが、同時に外の喧騒が耳に入ってきた。



「ここにいちゃいけない」



蘭は立ち上がり、真新しいゴミ袋に菓子パンをつめ始めた。



「なにしてる?」



彰は顔を上げ、唖然とした表情で蘭を見つめる。



「ここから逃げるの。早く!」



「逃げるって、なに言ってんだ。蘭はただの被害者だ、逃げる必要なんてない」



その言葉に蘭は一瞬動きを止めた。



そして大またで彰に近づくと、その唇にキスを落とす。



「あたしは被害者じゃない。ここに来たとき、あなたの顔を確認した瞬間から、被害者なんかじゃないんだよ」



「でも……」



更に何か言おうとする彰をせきたてて、蘭はこの家から脱出する準備を始めた。



彰に買ってもらったものはすべて持って行きたかったが、そういうわけにもいかない。



彰も覚悟を決めたようで、現金や簡易的な食べ物を袋に詰め込んだ。



そして。



「これ、返しておく」



と、蘭から奪ったバッグを差し出して来たのだ。



蘭は大きく目を見開きバッグを受け取った。



中身を確認してみると、サイフもスマホもちゃんと入っている。



「でも、これ……」



「蘭は被害者じゃない。だからそれを持っていても大丈夫だろう?」



彰に言われて、蘭は頷いた。



その通りは蘭は自分の意思でここにいる。



決して無理矢理ではない。



蘭はバッグも袋に詰め込んで、窓からそっと外を確認した。



高い壁があるおかげで人の姿は見えないが、



それでも道路からは沢山の話し声が聞こえてくる。



近所の野次馬か、報道関係者か、警察官か。



その全員という可能性もあり、背筋が寒くなった。



ここで捕まるわけにはいかない。



彰の命はもういくばくもないのに、離れ離れになんてさせられてたまるか。



その強い気持ちと共に、裏口から外へ出た。



こちらも塀に囲まれているため、人には見られることなく出ることができた。



2人は足音を殺し、人の声が聞こえない方向へと走った。



細い路地を選びとにかく家から遠ざかることだけを考えて。



家から逃げ出すのがもう少し遅ければ、記者たちが脚立を使ってでも家の中を確認していたかもしれない。



そこは不幸中の幸いだった。



彰は時折足を緩めて苦しげな声を上げた。



「大丈夫? 少し休憩する?」



「いや、まだ大丈夫だ」



蘭が声をかけるたびに彰はそう言い、また走り出した。



蘭は彰の分の荷物まで持ち懸命に走った。



誰もいない場所へ。



2人きりでいられる場所へ。



そうしてたどり着いたのは廃墟だった。



彰の家からまだそんなに離れていない場所だったが、一旦身を隠すには最適な場所だ。



幸いその家の窓が割られていて、侵入するのも簡単だった。



「大丈夫?」



窓が小さな4畳半の部屋に移動して、蘭は荷物を下ろした。



「あぁ。平気だ」



彰は大きく息を吐き出して畳の上に座り込んだ。



額には大きな汗の玉が浮かんできている。



蘭はバッグからハンカチを取り出してそれをぬぐった。



誰も出入りしてない空き家はホコリっぽくて、蘭は少しだけ窓を開けた。



せっかく彰の家をキレイにしたのに、またこんなところにいたら体調が悪化してしまうかもしれない。



「なぁ、どうして俺をかばうんだ?」



呼吸が落ち着いて切手から彰は蘭に聞いた。



「え?」



「ずっと気になってたんだ」



それでも今までその質問をしてこなかったのは、あまり聞いてはいけないことだと思ったからだった。



「かばうっていうか……あたしはずっと彰さんのことが好きだったから」



蘭の言葉に彰は目を見開いた。

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