第39話
蘭からの話を聞いた後、彰はその体を抱きしめた。
「今は? 今は幸せか?」
余命宣告を受けているのは自分だというのに、蘭のことが心配でたまらなかった。
今でもまだ痛む場所がないか、さぐるようにその背中をなでる。
蘭は彰の手の動きに合わせて熱い息を吐き出した。
「幸せ。こうして彰さんと一緒にいられるから、幸せ」
蘭は答えて彰の背中に手を回す。
そして、互いに欠けた者同士慰めあうようにして体を重ねたのだった。
☆☆☆
お互いのことがほんの少しだけわかっていた。
重たい過去を背負い、それでも生きてきた2人は更に距離が縮まり、なにをするにも一緒に行動するようになっていた。
「蘭にはこれが似合いそうだな」
大型スーパーで蘭の服を選んでいたとき、彰がビキニを持ってそう言った。
「なに言ってるの。今日は普通の服を買いに来たんでしょう」
蘭はそう言いながらもまんざらではなさそうな表情だ。
少し気の早い夏用品が並べられた一角で、2人ははしゃぎながら商品を見ている。
しかしふと蘭の表情が翳った。
このビキニを来て海やプールに行ける時期にはもうきっと彰はいない。
途端にその現実を思い出してしまったのだ。
彰はそんな蘭の表情の変化にすぐに気がついて、夏もの売り場から移動した。
「ほら、どれがいい?」
今度はちゃんとした婦人服売り場へやってきた。
「どうしようかな」
蘭が近づいて行ったのはワゴンセールだ。
ポップに《どれでも500円!》と、大きく書かれている。
ワゴンに近づいていく蘭を引き止めて、彰は傍らにあった白いワンピースを蘭の体に当てた。
「うん、似合うんじゃない? でもまだ少し早いかな。春っぽくパステルカラーの方がいいかな」
「そんな、あたしは動きやすい服が一着あればそれでいいよ」
蘭は慌てて言う。
幸い洗濯物はすぐに乾く日和が続いているし、洗い変えが一着あれば十分だ。
しかし、彰は許してくれなかった。
「ここで金を使わなかったらいつ使うんだよ。俺、もうすぐ死ぬんだぞ?」
冗談っぽく言われた言葉が蘭の胸を貫く。
こうして2人ではしゃぎながら買い物をしていると、ついその事実を忘れてしまいそうになる。
そして思い出すたびに胸が痛むのだ。
彰は半ば強引にワンピースやパジャマなど、何着か選んでレジへと向かった。
結局蘭の服だけで1万円を超えてしまった。
それでも彰は満足そうで、そのまま2人でフードコートへ向かった。
「ちょっと待ってよ、ここで食べるの?」
蘭は目を見開いて彰を見た。
「あぁ。腹減っただろ?」
「それはそうだけど……」
2人は今日も大きなマスクをつけて外出していたが、こんなひと目のあるところで食事をしたら本末転倒だ。
ここは彰の家からも蘭の家からもそう遠く離れていない。
知り合いがいても不思議じゃない場所だ。
不安を感じてフードコートの入り口で立ち尽くす蘭の手を彰が掴んで歩き出した。
真っ直ぐバーガーショップへと向かう。
昼時ということもありバーガーショップには長い列ができていた。
「ねぇ、本当にここで食べるの?」
蘭は顔を伏せ気味にして彰に聞く。
しかしその声は喧騒に掻き消えて、近くにいる彰まで届かなかったのだった。
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