第36話
その頃から、母親は本当に鬼になった。
表向きにはかわいそうな未亡人。
しかし家に帰れば蘭に手を上げる鬼。
「お前が殺したんだ! あの人を返せ!」
そう怒鳴りながら、蘭の体を拭くの上から殴り、蹴る。
だけど時々乱暴に服を脱がされて、素肌の上に熱湯をかけられることもあった。
「ごめんなさい! ごめんなさいお母さん!」
蘭は必死に謝り、少しでも身を守ろうと背中を丸めて顔と頭をガードしていた。
だからその頃にできた傷のほとんどは、背中を中心として広がっている。
「あんたは鬼の子よ!」
母親は蘭を鬼と呼んだ。
あの人を奪った鬼の子だと。
蘭は痛みに耐えながら、鬼ババの子である自分もやっぱり鬼だったんだと理解した。
蘭にとっても母親にとってもそれは地獄の時間だった。
愛する夫の突然の死を乗り越えられない母親。
その母親から虐待される娘。
この時間は一体いつまで続くんだろう?
いつになったら元の生活に戻ることができるんだろう?
蘭はそればかりを考えるようになった。
そしてそれは、唐突に訪れる。
蘭は小学校5年生になっていた。
「蘭。今日は蘭に紹介したい人がいるの」
朝、その日の母親はやけに上機嫌だった。
蘭へ向けて笑顔を向けているし、朝ごはんに卵焼きも焼いてくれた。
父親がなくなってから家事らしい家事をしていなかった母親が、昨日の内にに部屋の掃除もしたみたいだ。
蘭は口の中の卵焼きをゴクリと飲み込んで母親を見上げた。
「だから、寄り道せずにちゃんと帰って来るのよ?」
そう言って両手で蘭の両頬を包み込む。
手を伸ばされた瞬間咄嗟に身構えたが、それは父親が生きていた頃母親が蘭によくやっていた愛情表現だった。
まさかまた同じことをしてもらえるなんて思っていなかったので、蘭は返事をすることも忘れてただ母親を見つめていた。
一体なにがあったんだろう?
そう思ってもうかつに質問できないくらいには、蘭の心は折れていたのだった。
☆☆☆
蘭にとって母親の言葉は絶対だ。
真っ直ぐ帰れと言われたら、それに従うほかはない。
5年生にもなるとクラブ活動への参加などもあったが、蘭は顧問の先生に家で休養があるからと説明して、すぐに帰してもらることにした。
足早へ家へと向かう最中、蘭の心臓は今にも張り裂けてしまいそうだった。
この2年間母親の手や足が蘭を攻撃しなかったときはほとんどない。
もちろん、そんな母親はいつでも鬼ような形相で蘭を睨みつけてきていた。
それが今朝はどうだったか?
まるで以前の母親のように優しく微笑み、おいしいご飯を作り、蘭に話かけてきた。
それは蘭にとって嬉しい出来事というよりも、恐怖の始まりのように感じられた。
あの母になにがあったのか。
小学校5年生の蘭は吐き気がするくらいの緊張感を持って玄関を入った。
「あら、おかえり蘭」
玄関の開閉音を聞いた母親がすぐにかけて出てくる。
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