第35話
その日、蘭は一緒に帰る子がいなくてひとりで帰路につくしかなかった。
男子たちはまだグラウンドで遊んでいたけれど、今日はとても一緒に遊ぶ気分じゃなかった。
ひとりの帰り道は寂しいものだった。
周りを見ればどの子も沢山の友人たちと一緒に帰っている。
その輪の中に入れたらいいのにな。
そんな風に感じながらひとりで歩いて帰る。
完全にひとりなら寂しさも感じないけれど、集団の中のひとりは孤独だ。
集団から離れようと思って少し早足になったとき、前方からよく知っている顔が歩いてくるのが見えた。
蘭はその人物に大きく目を見開き、そして駆け出していた。
「お父さん!」
「蘭。ちょうど帰る時間だと思ったから、迎えにきたよ」
父親はそう言って蘭の頭をなでた。
この日は偶然父親は休みで、何の気なしに蘭を迎えにきてくれたのだ。
ただの父親の気まぐれだった。
だけれど蘭はそれに救われた。
一瞬にして回りの子たちが気にならなくなって、父親の腕を掴んで一緒に歩き出す。
そして今日学校であったことをマシンガンのように話始めた。
父親はまだ小さな蘭の手をしっかりと握り締めて、蘭の話を少しも聞き逃すまいと耳を傾けてくれた。
だから余計に嬉しくなって、蘭は少しはしゃいだ調子で歩き出した。
父親の手を離し、スッキップをして見せる。
「蘭、お父さんと手をつないで」
そう言われても聞かなかった。
「お父さん見て見て!」
前に体育の授業でやったターンをする。
その瞬間体のバランスが崩れた。
蘭の体は車道へと傾く。
その時、視界の中に白い車が迫ってくるのが見えた。
すぐに逃げようと思ったけれど、恐怖で体が硬直してしまった。
全く動くことができなかった。
「蘭!!」
お父さんの怒号が聞こえてきて、次の瞬間蘭の体は歩道へと突き飛ばされていた。
変わりに車道へ飛び出してしまったのは、お父さんだ。
目の前の光景はすべてスローモーションのように見えた。
車道に飛び出したお父さん。
迫ってくる白い車。
車が急ブレーキをかけたのか、大きな音が鼓膜を劈いた。
蘭はその場にかがみこみ、両手で耳をふさぐ。
次の瞬間、父親の体が跳ね飛ばされた。
最初にバンパーにぶつかり、そのままの勢いでフロントガラス、そして車の後方へと落下していく。
バンパーはへこみ、フロントガラスにはヒビが入った。
そしてお父さんは……。
「お……お父さん!!」
十分時間が経過してからようやく金縛りが解けて、蘭は父親に駆け寄った。
すでに周りの大人たちが駆け寄っていて、救急車や警察に連絡をしてくれている。
そんな中、父親はキツク目を閉じて、少しも反応してくれはしなかった……。
☆☆☆
父親の葬儀が行われても、まだ蘭はよく理解できていなかった。
目の前で起こった事故のせいで父親が死んだなんて、なにもわからないままだった。
だって父親は事故に遭う直前までとても元気だった。
自分の手をしっかりと握ってくれていた。
それなのに、人間がそんなに簡単に死んでしまうなんて……。
「あんたが殺したのよ」
葬儀の席で母親は言った。
いつもキレイな母親がこの日は化粧もせず、髪の毛もボサボサで、目を血走らせていた。
それは昔聞いた鬼ババそのものに見えて、蘭は震え上がった。
お母さんは物語の中の鬼ババだったの?
お父さんがいなくなったら、本当の姿を見せたの?
幼い蘭は本気でそう思っていた。
母親が鬼になってしまったのは、自分のせいだったのに。
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