第32話

彰からすればたいした言葉ではなかったようで、それに気がつかずに蘭を追い越していってしまった。



蘭は慌てて追いかける。



「もし、あたしと結婚できたらどうしますか?」



帰りがけの道でそう質問された彰は首をかしげて蘭を見た。



どこからどう見ても美少女の蘭。



でも少し、いや随分と変わっていることはもうわかっていた。



長く一緒にいるのは大変そうだ。



彰の本音はそうだったが、今の自分が蘭のおかげで救われていることも事実だった。



「もちろん嬉しいけれど」



彰の言葉に蘭は目を輝かせた。



軍手をつけたままの両手で口を覆った。



「本当に!?」



今にも飛びついてきそうな勢いの蘭。



「あぁ」



彰はうなづいて家の庭へと回る。



4つのゴミ袋を出しただけじゃ全然キレイにならないから、もう一往復するつもりだ。



8つ分のゴミ袋を出せばさすがに少しは庭がスッキリして見えるはずだ。



しかし、彰がゴミ袋を手にしても蘭がその場に立ち尽くしている。



両手を胸の前で握り締めて、まるでなにかを祈っているようなポーズで。



「どうした?」



「い、いえ。なんでもないです!」



彰の声に反応して蘭は慌ててゴミ袋を掴んだのだった。



再び2人並んでゴミ回収場所へ向かう。



しかし、今度は蘭との距離が更に近くなった気がする。



と言っても間には大きなゴミ袋が2つがあるから、近づくのも限度があるけれど。



「もしも結婚して、子供ができたらどうしますか?」



「どうするって、そりゃ家族が増えるだろ」



「あたしと、彰さんとの家族が!?」



「当たり前だろ?」



蘭はその会話だけで有頂天になり、なにを妄想しているのか頬は緩みっぱなしだ。



あやうく小石につまづいてこけてしまうところだった。



どうにかゴミ出しを終わらせて戻ろうとしたところ、同じようにゴミ袋を持ってきた主婦とすれ違った。



このゴミ回収場所を使うということは近所の人なんだろう。



視線がぶつかった瞬間彰は背筋に冷たい汗が流れていくのを感じた。



マスクをしていると言っても、顔がバレてしまうかもしれない。



普通に考えれば蘭はすでに行方不明者で捜索が開始されているだろう。



目があった瞬間咄嗟にそらしてしまった。



それが余計に不振に感じさせなかっただろうかと、心臓が早鐘を打ち始める。



「あら、夫婦で仲良がいいわねぇ」



主婦は何気なく声をかけてきて、蘭が笑顔で応じている。



彰はそんな蘭の腕を掴み、主婦に軽く会釈してその場を早足に通り過ぎた。



家に戻ってきた彰は厳重に玄関の鍵をかけて、大きな窓のカーテンを閉めた。



「警戒してるの?」



蘭が心配そうに顔を覗き込んでくる。



「あぁ……」



「2人ともマスクをつけていたし、きっと大丈夫だよ」



「わかってる。俺の気にしすぎた」



彰は額に浮かんでいた冷や汗を手の甲でぬぐう。



それを見た蘭はすぐにキッチンへ向かい、冷たい水をコップに汲んできてくれた。



彰はそれを受け取り、喉を鳴らして一気に飲み干した。



少しだけ気分がスッキリした。



不安な気持ちも落ち着いてきた。



なにをここまで気にしているんだろう。



蘭はまだ自分の隣にいるし、今は自分の意思でここにいてくれている。



それなら誰が来たって、不安がることはない。


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