第31話
彰の話をすべて聞き終えた蘭は、また頬に涙を流していた。
誘拐犯の話を聞いて泣く被害者なんて珍しい。
「涙もろいんだな」
彰だって呆れ顔で蘭を見ている。
しかし蘭は本気だった。
本気で涙を流して、本気で彰の心に寄り添っている。
「もう、大丈夫だからね」
蘭はそう言うと血から強く彰の手を握り締めた。
その力は少し痛いくらいで、彰はギョッと目を見開いた。
「あたしはあなたのそばにいるし、あなたを都合よく利用したりもしない」
蘭の言葉に嘘はなかった。
実際、彰の話を聞いたあとの蘭は俄然この人のことを守ってあげなければならないと感じていたのだ。
彰はそんな蘭を目の前にして瞬きを繰り返し、そして小さく笑った。
「俺のこと、怖くないのか?」
「どうして?」
首をかしげて聞き返す。
その目にはまだ涙が浮かんでいて、恐怖の色は少しも感じられない。
彰が蘭に素顔を見せたときからそうだった。
蘭は一度も恐怖を表現したことはなかった。
「本当に、俺が怖くないんだな」
彰は蘭に手を伸ばし、その頭をなでて見た。
蘭は心地よさそうにされるがままになっている。
誘拐犯と被害者。
この関係が永遠に続いていけばいいな。
気がつけば、彰自身もそんな風に感じるようになっていたのだった。
☆☆☆
翌日は庭のゴミ捨てから始まった。
「ゴミの回収場所や日付はわかりますか?」
蘭がにぎったおにぎりで朝食を終えたあと、彰にそう質問をした。
「確か、紙をもらったはずだけど……」
彰はそう言ったきり黙りこんでしまった。
町内会などで配られたゴミ収集の予定表があるはずだが、どこに置いたのか記憶にない。
もしかしたら、庭に出している大量のゴミの中に混ざっているかもしれない。
途中で押し黙ってしまった彰を見て、蘭はそのことを察し「大丈夫ですよ。ゴミの回収場所に行けばたいてい書いてありますから」と、彰を励ました。
大事なものまでゴミと一緒にしてしまっていた自分の性格に落ち込みぎみだった彰は顔を上げた。
「本当に?」
まるでいたずらをとがめられた子供みたいな表情で聞く。
蘭はそんな彰に思わず笑顔を浮かべた。
「大丈夫です。一緒に確認しに行きましょう」
蘭は励ますようにそう言ったのだった。
調べてみた結果、今日は燃えるゴミの回収日だとわかった。
回収する時間は午前10時まで。
「今は8時だから、十分間に合いますね」
蘭は軍手とマスクをつけて、庭に出た。
「でも、この量を一気に出すのか?」
庭に出ているゴミ袋の大半が燃えるゴミだ。
これをまとめて出したらゴミ回収の小屋はあっという間に一杯になってしまうだろう。
「さすがにそれは無理なので、臭いがキツイものから先に出していきましょうか」
蘭に言われて彰はうなづいた。
そして同じようにマスクと軍手をつけてゴミ袋に近づいていく。
気温の高い日が多くなってきていることもあって、鼻を近づけると結構な悪臭がする。
これをこのまま放置していたらご近所トラブルとかになるんだろうな。
2人で2つずつゴミ袋を持って、少し離れたゴミの回収場所へ向かう。
「なんか、こうして歩いていると夫婦みたいですね」
蘭がそんなことを言うので、なんとなく意識してしまう。
「本当に夫婦だったらいいのにな」
「えっ」
つい口走った彰の言葉に蘭が目を見開いた。
マジマジと彰を見つめている。
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