第29話
結局、みんなにとって彰とはそういう存在だったのだ。
いなかったら困る。
だけどそれは彰を必要としているというわけじゃない。
きっと、彰の変わりは沢山いる。
思えば自分の人生はパッとしない人生だった。
彼女だってできたことがない。
楽しいことだってほとんど知らない。
そんなとき、偶然テレビニュースが流れてきた。
それは自殺志願者による無差別傷害事件だった。
しかも死人まで出ている。
それなのに本人は生き残ったらしい。
彰はそのニュースを見てぼんやりと考えた。
俺だったら、ちゃんと死ぬのに。
☆☆☆
彰が初めて蘭を見たのは大学3年生の4月頃だった。
大学に入ってからずっとお世話になっているアルバイト先のパン屋の近くで見かけた。
その時彰はバイト真っ最中だったから蘭に声をかけることはできなかったのだが、パッと見て視線を奪われるほどの美少女だった。
店内でパンを選んでいるその姿はとても楽しそうで、笑顔が花咲いていた。
自分にはなにものを持っている子だ。
彰は咄嗟にそう感じていた。
いわば、生まれてすぐに親に捨てられてしまった自分は生涯日陰に暮らしていて、欄はその反対の日向を生きている女の子のように感じられた。
それからも安堵か蘭をバイト先の近くで見かけたことがあった。
きっと家が近いのだろう。
快活そうな蘭を見ているとできれば自分もそうなりたかったと思うようになっていた。
そんな蘭のことを思い出したのは、彰が自殺志願者が引き起こした凄惨なニュースを見たすぐ後だった。
たとえばあの子が自分と一緒に死んでくれたら?
そんなことあるわけないけれど、もしもそういうことができたなら?
そう考え始めると止まらなかった。
もう1度あの子に会いたい。
あの子と一緒に死ぬことができれば、もう余命宣告なんて怖くない。
そんな気持ちになって、久しぶりに通院目的以外で外へ出た。
行き先はもちろんバイト先のパン屋だ。
余命宣告を受けてからはずっと無断で休んでいるから、堂々と顔を出すことはできない。
パン屋が見える場所で蘭が現れないか見張っていたが、この日は蘭が現れることはなかった。
でも彰は諦めていなかった。
そう簡単に自分の願望が満たされるなんて思っていない。
翌日になると彰は更に入念な計画を立て始めた。
その場で突然襲ったりしたら、あのニュースになった死に損ないと同じ結果になるかもしれない。
まずはあの子を誰もいない場所に連れてきて、それからゆっくりと死ぬ準備をするほうがよさそうだ。
そこですぐに思いついたのは、この家の地下室だった。
普段はなにも使う必要がないので滅多に入らないが、この時は改めて足を踏み入れた。
家を見せてもらったとき以来に踏み込んだ地下室は相変わらず空気が冷たくて、身震いをした。
前面コンクリートで覆われたこの場所は、先生の親戚が木工を生業としていたため作られた部屋だった。
ここで木工細工に精を出していたとわかるように、大きなテーブルがひとつある。
道具や木片などはすでに片付けられているが、ここでいつくもの作品が生まれたことは安易に想像できた。
彰はキッチンから椅子を一脚持ってきて、地下室に置いた。
蘭を誘拐してきて、ここに拘束するシュミレーションを脳内で行う。
誘拐するということは、ここまで連れてこないといけないということだ。
蘭の背後から近づいて、まずはその口を塞ぐ。
そして何度か殴りつけて気絶させよう。
その後はどうする?
人間を担いで移動するわけにはいかない。
かといって車は持っていない。
どうやってこの家まで移動してくるか……。
考えたとき、彰はこの庭に一輪車があることを思い出した。
さっそく庭へ出て見ると雑草が生え放題で、一輪車はその陰に隠れてしまっていた。
どうにか引っ張り出してみると少しサビついているもののちゃんと使えることがわかった。
気絶した蘭を麻袋かなにかにつめて、一輪車に乗せて家まで運ぶ。
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