第28話
これに加えて奨学金制度を使えば、後はバイト代だけでどうにかやっていける目処がついた。
「本当に、ありがとうございました」
施設を出るとき、卒業式でも泣かなかった彰はボロボロと涙を流して泣いた。
近所に引っ越すだけなんだからいつでも戻ってこられるとわかっているのに、涙を止めることはできなかった。
初めて一人で暮らすんだ。
これだけ沢山の人たちに囲まれてきたのに、突然一人になるんだ。
そう考えるとひどく心細かった。
まるで、自分だけ遠い島国へ旅立っていくような感じがした。
「いつまで泣いてんだよ」
そう言って彰の頭を叩いたのは健二だった。
健二は彰と同じ高校を卒業し、そして今日一緒に施設も卒業する。
あれだけ体格差があった彰と健二はこのとき、とほんど同じ身長になっていた。
「じゃ、俺は行くからな」
ぶっきらぼうに手を振り、すぐにみんなに背を向けて歩き出す健二。
その横顔を見ると目に涙が浮かんでいるのがわかった。
最後までかっこつけやがって。
彰はそんな健二を見てつい笑ってしまった。
「じゃあ、また!」
彰は笑顔で施設のみんなに手を振って、健二と一緒に施設を出たのだった。
☆☆☆
大学生活が始まってから、彰の生活は細く息をするようなものになって言った。
特別な変化はなにもない。
ただ毎日講義を受けて、食堂で簡単にご飯を済ませて、大学が終わればアルバイトに向かう。
サークルに入って遊ぶ暇なんて少しもない。
友人と作る暇もない。
勉強とバイト。
それが終われば家に帰って眠るだけ。
そしてまた朝になったら大学に行く。
「悪いんだけど、次の講義俺の変わりにノートとってくれない?」
そんな風に声をかけられたのは一ヶ月くらい経過してからだった。
隣にいたその生徒とは、挨拶くらいしか交わしたことがない。
「いいけど」
「サンキュっ!」
何気なくOKした次の講義は面倒くさいと有名な講師の授業だった。
この講義に出たくないのは彰も納得できた。
講義に参加している生徒は限りなく少なく、とにかく単位のためだけに出席しているという様子だ。
俺はいつもどおりノートをとり、それを印刷してそいつに渡してやった。
だが、次第にその回数は増えていくようになった。
たまには自分で出席しろよ。
そう言うのだが、ろくに返事もしない。
それに元々子供たちの面倒を見ていた彰は、人の手伝いをすることになれてしまっていた。
それが普通だと思っていた部分もある。
健二のように我慢しない性格をしていれば、こんな風にもならなかっただろうに。
いつの間にか彰に講義の代行を頼む生徒たちが増えていて、断ろうとすると「友達だろ?」と、頭を下げてくる。
友達?
一体いつ、どこでどうやってそいつと遊んだか。
そんな記憶なんてひとつもなかったけれど、なかなか断ることができなかった。
そんな毎日を繰り返して少し疲れてきていたのは事実だった。
だから歩いているときフラついたり、鼻血が止まりにくかったりしても、疲れのせいだろうと考えていた。
なにせ今はアルバイトの掛け持ちもしているのだ。
そしてついに……。
朝、大学へ行くために玄関へ向かった彰はそこで強いメマイに襲われた。
立っていることができず、玄関のかまちに腰を下ろして頭を抱える。
少し座っていればよくなると思ったが、メマイはなかなか収まってくれない。
その時、突然鼻血が出たのだ。
最近よく出るのでカバンの中にはティッシュを常備していた。
それを取り出してすぐに鼻を押さえる。
しかしティッシュは見る見るうちに真っ赤に染まり、どれだけ使っても血は止まらない。
焦りを感じて彰はスマホを取り出した。
体の弱い彰には昔から主治医がいたから、そこに電話をかけたのだ。
鼻血を流しながらもどうにか説明をした彰は、自分の足で病院へ向かった。
そのときにはすでに鼻血は止まっていたが、主治医は険しい顔で大きな病院を紹介してきた。
そして……余命宣告のあの瞬間がやってきた。
「もってあと一ヶ月です」
あの時の言葉は今でもよく覚えている。
診察室にただよう薬品の匂いも、医師の表情も。
大学に行かなくなった彰の心配は沢山の生徒がしてくれた。
みんな、代理で講義に出てやった生徒たちばかりだ。
しかし、本気で心配して家にきてくれる生徒は一人もいなかった。
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