第27話
彰は体が弱く、ひときわ小さい少年だった。
そのため年下の子からイジメられることもあり、それを中学、高校の子供たちが助けるということが多々あった。
年上の子たちからすれば彰の中世的な顔立ちや小さな体、そして病気がちというところが悲壮感漂う主人公のように思えて、まるでアイドル的存在に見えていた。
一方彰と同い年くらいの子たちにとってはそれが面白くなくて、彰の体を鍛え
てやろうと無理難題を押し付ける連中もいた。
「お前、裏の公園を10週して来いよ」
ある日彰にそう言ったのは施設内のガキ大将、健二だった。
健二は彰と同い年で、施設に来たのは2年前。
ここへきたときにはすでに貫禄があって、一目見た瞬間から彰は健二へ苦手意識を持っていた。
「そんなの無理だよ」
彰は施設の先生からも、病院の先生からも激しい運動を控えるように言われていた。
小学校へあがれば徐々に体力もついてくるだろうから、ゆっくりでいいと。
それなのに、公園を10週なんてできるわけがなかった。
しかし健二はできないでは済ませてくれない。
数人のシモベのような友人たちを左右に従えて、彰に詰め寄った。
「そんなこともできないんじゃ小学生にはなれねーな!」
あと数ヶ月で小学校へあがる彰にとって、それは聞き捨てならない言葉だった。
公園を走りまわることができなくたって、小学生にはなれる。
そんな気持ちと。
公園で遊べなかったら友達ができないかも。
そんな不安がせめぎあう。
そこで彰は友達の作り方を先生に相談することにした。
すると先生は「彰くんには彰くんに合ったお友達ができるから、大丈夫よ」と、頭をなでてくれた。
これのおかげで彰は無謀なことをすることもなく、無事に小学校に上がることができた。
けれど、小学校はまるで未知の世界だった。
知らない子が沢山いるだけじゃない。
知らない先生も沢山いる。
ここはみんなの家になるんだろうか?
そう思ったときもあるけれど、どうやら違うらしかった。
家にいるのは血のつながりがある家族だけで、先生や友達はいない。
じゃあ、自分が帰っているあの場所はなんなんだろう?
この頃からようやく彰は自分がいる場所が施設なのだと把握し始めた。
じゃあ自分の家族はどこにいるんだろう?
その質問に答えてくれる先生はどこにもいなかった。
みんな彰の質問に困ったように眉を寄せ、そして彰の体を強く抱きしめるだけだった。
でも、小学校へあがってからの変化はそれだけじゃなかった。
病院の先生に言われたとおり、彰の体は少しずつ強くなっていた。
毎日の通学、体育の授業などのおかげだ。
体を動かすとお腹も減るから、食べる量も増えてきた。
おかげで誰よりも小さかった彰はどうにか同年代の子達と同じくらいの身長になれたのだ。
そうやって成長していく傍らで、施設には毎年何人かの小さな子たちがやってきた。
彰がここへ来たときと同じように赤ん坊だっていた。
自分の体が丈夫になり、小さな子たちが入ってくると自然と彰はお兄さんになることになった。
まだ自分が先生に甘えたいと思っていても、それを小さな子に譲ってあげる。
まだロボットのオモチャで遊んでいたいと思っても、小さな子が物ほしそうな顔をしていれば譲ってあげる。
もちろん、それができない子もいた。
たとえば健二とか。
健二はどれだけ小さい子が相手でも容赦しなかった。
自分が遊んでいるおもちゃは自分のものだし、先生も自分のもの。
ちなみに、食べ物だって一番多く取っている。
そんな健二は手の焼ける存在で先生たちはいつも困った顔をしていた。
そしてたいてい彰が引き合いに出されて「みんな、彰くんみたいにいい子ならいいのにね」と、笑ったものだった。
最初はそう言われることが嬉しかった。
自分は健二よりもいい子なんだ。
自分は小さな子たちのお兄さんなんだ。
でもそれは同時に自分の気持ちを殺すことにも繋がっていた。
本当はもう少し甘えたい。
本当はもう少し遊びたい。
そんな気持ちを彰は小学校低学年ですでに見て見ぬふりをしはじめていた。
そして、月日は流れ、18歳になった。
高校の卒業式を終えて施設に戻ってきた彰にとって、今日はもうひとつの卒業式でもあった。
赤ん坊のころからずっとお世話になっていたこの施設からの卒業だ。
進路は近所の大学に決まっている。
ずっと小さな子のお世話をしていた彰は、それを特技として保育氏の道へ進むことを決めたのだ。
幸い、近くの大学には幼児教育学科があった。
アルバイトだけで学費とアパート代を支払うのが厳しいとなると、施設の先生が格安で家を貸してくれることになった。
先生の親戚の暮らしていた家で、今では誰も住んでいないらしい。
家賃は月5000円。
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