第25話
ねっとりとからみつく唾液が彰の性欲を誘った。
蘭はハッと我に返り、彰の指を口から離すと「包丁を使うのは難しいので、明日ピーラーを買いに行きましょう。それから出血ですけど大丈夫ですか?」と、早口に質問した。
それは今しがた自分のしていたことを隠すようなそぶりだった。
「このくらい平気だ」
彰はそう答え、絆創膏を探すために背を向けた蘭の体を抱きしめた。
鍋は沸騰し始めていて音がしていたが、2人とも気がつかない。
まるでそこまで時間が止まってしまったかのような空間だった。
蘭は彰にきつく抱きしめられて身動きが取れなかった。
それなのに心臓だけは暴れ周り、自分の意思ではどうにもならない。
彰はそのまま蘭をキッチンの床に押し倒した。
蘭の首元に顔をうずめ、片手で蘭の服を脱がしていく。
蘭はぼんやりと天井を見上げ、彰の体のぬくもりを感じていたのだった。
☆☆☆
行為が終わったあと、鍋はすっかり吹き零れてガスは止まっていた。
中途半端に剥いたジャガイモは少し色が変色していて、ニンジンは乾燥し始めている。
それでも使えないことはなかったが、蘭の頭の中は真っ白でこれから料理を作れるような状態ではなかった。
彰もそれは承知の上で、蘭を床に寝かせたまま棚からカップラーメンを2つ取り出した。
今晩はこれで終わらせようと考えているようだ。
彰がお湯を沸かしはじめて、ようやく蘭は上体を起こした。
狭いスペースで、しかも床の上での行為だったから体のあちこちが痛んでいる。
だけどそんなことも気にならなかった。
終わった今もまるで夢を見ているかのような気分だ。
ふわふわと雲の上にいるような感覚が体中をまとっている。
ふと自分がいた床を確認してみると、赤い汚れができていた。
すぐにティッシュを掴んでそれをふき取る。
彰に見られただろうか?
気になって視線を上げたとき、彰と視線がぶつかってしまった。
バレた……。
気まずさを感じて蘭は視線を外した。
でも、思えば行為の最中に彰は気がついていたかもしれない。
自分が始めてであることを。
するととたんに彰が蘭の体を抱きしめた。
お互いに下着しか着ていない上体で、体温がダイレクトに伝わりあう。
心音だって間近に聞こえてきそうだ。
「俺も、初めてだった」
彰の言葉に蘭は目を見開いた。
少し離れて彰の表情を伺う。
「本当に?」
「あぁ」
うなづく彰は嘘をついているようには見えなかった。
この彰が始めてだなんて信じられない。
だけどこの家を見たときに彼女などはいなさそうだと感じたのは蘭自身だ。
それは的中していたことになる。
だけどまさかはじめてだったなんて。
信じられない思いを抱きながらも嬉しさが胸を支配していく。
自分たちは奇妙な関係で。
それでもこうして互いのはじめてを経験することができたのだ。
こんなこと、他の誰も体験できないことに違いない。
意識して彰の胸に耳を当てて見ると、鼓動がとても早いことに気がついた。
とても緊張しているのだろうか。
彰は優しく蘭の頭をなでた。
ずっと永遠にこうしていたい。
そう思ったタイミングでヤカンが音を立て始めて、2人は顔を見合わせて笑ったのだった。
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