第24話
「わかったよ。それなら掃き掃除だけ頼む」
彰はそう言うと蘭に背を向けて風呂場へと向かった。
蘭は笑顔でうなづき、彰の部屋のドアを開けた。
途端にムッとした空気が肌をなでる。
長い間換気をしていないような重たい空気だ。
蘭は手初めに窓を開けて換気することにした。
空気を入れ替えるだけでも気分は随分と変わってくるものだ。
しかし、部屋の中は足の踏み場もないくらいに汚れている。
和室みたいにゴミ袋は散乱していないけれど、本やCDなどがあちこちに散らばっている。
きっと本棚が一杯になって、床に積み重ねていたのだろう。
それがそのまま崩れてしまったような形状をしていた。
「よし、ここも少しだけ片付けるか」
呟いたとき、サイドテーブルが視界に入った。
そこにも本やコップなどが置かれたままになっていたが、蘭が見つけたのは彰のスマホだった。
蘭はそっと手を伸ばしスマホを手にした。
ちゃんと充電されているようで使える状態になっている。
しかし当然ながら暗証番号や指紋認証が必要になっていて、ロックを解除することはできなかった。
このスマホは使うことができない。
そうわかった瞬間、なぜだか安堵している自分がいた。
次に蘭が気になったのはベッドだった。
いつも彰が眠っているベッド。
この掛け布団やマットレスもずっと洗濯したり、干したりしていないみたいだ。
触れて見ると、少ししっとりとしている。
蘭は知らずにゴクリと生唾を飲み込んでいた。
そっとベッドの上に上がり、うつ伏せになって彰の枕に顔をうずめる。
男の汗臭いにおいがしみこんでいる。
蘭はまた自分の体の芯がうずくのを感じた。
自分はずっとこの匂いがする人間を欲していたのだと感じ、感情が赴くままに身をよじらせた。
熱い吐息が漏れたとき、浴槽のドアが開く音が聞こえてきて慌てて飛び起きた。
そして床に散らばっている本やCDを丁寧によけていく。
そうしている間に彰が部屋に戻ってきて「風呂、開いたよ」と、声をかけてきた。
蘭はなんでもないように微笑んだのだった。
☆☆☆
それから夕方になると、また2人でキッチンに立った。
今夜は彰も料理を手伝ってくれるみたいだ。
「なにを作るんだ?」
「今日もジャガイモを買ってきたので、お味噌汁に入れようと思います」
蘭はジャガイモを洗いながら答えた。
お味噌汁には他にもニンジンやネギも入れて、具沢山にするつもりだ。
豚を入れればトン汁にもなるから、多めに作って置いておく。
「じゃあ俺が皮を剥くよ」
彰はそう言って蘭が洗ったジャガイモを手に取った。
そして右手に包丁を持つ。
「彰さんは料理ができるんですか?」
「バイト先で少しだけ手伝ってる」
それなら任せても安心かと思ったが、彰の手元は思った以上に危うい。
ゴロゴロとした形状のジャガイモを包丁で剥くのは簡単なことではない。
ピーラーがあればまだ簡単だけれど、あいにくこの家にそんなものは置かれていなかった。
蘭は何度も自分がやると申し出ようかと思ったが、一生懸命な彰の姿を見ると隣から口を挟むことができなかった。
仕方なく、自分はニンジンの皮を向いていくことにする。
形状的に言えばニンジンの方がずっと皮を剥き易い。
案の定彰よりも早く皮を剥き終えて、一口大に切り始めた。
トントンと小気味いい音を響かせながらニンジンは小さくなっていく。
その間に鍋を用意して、湯を沸かし始めた。
続いてネギだ。
そう思って野菜室からネギを取り出したとき彰が「いてっ」と小さく声をあげた。
ハッと顔を上げて彰にかけよる。
「指、切っちまった」
心配していたことが起こってしまった。
彰の人差し指から鮮明な血がプックリと膨れ上がってきて、それが流れ落ちていくのを見た。
蘭は咄嗟に彰の手を掴み、その指を自分の口に押し当てていた。
舌で血を舐めとり、そのまま指を口に含む。
彰の地の味が口内にジワリと広がっていくのを感じる。
彰は驚いたように目を見開いたが、恍惚とした表情の蘭を見てすぐに表情を変
えた。
なにかを我慢するような、痛みを伴ったときのような、なんともいえない艶美な顔。
「俺が襲ったときも、怖がってなかったよな」
彰のそんな言葉は蘭には聞こえていなかった。
ただ一心不乱に彰の指を舐めている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます