第22話
キャップをかぶるときに蘭がマジマジと見つめてくるので「どうした?」と聞いたが、欄は黙って左右に首を振っただけだった。
それから2人で昨日と同じ激安スーパーへ向かい、ある程度の食品を買いだめした。
野菜に肉に魚。
それに簡易的なカップラーメンなんかも。
これだけあれば2人で2、3日は暮らすことができる。
蘭が重たい袋を持ったとき、隣から彰が手を伸ばしてそれを受け取った。
「これくらい俺だってもてる」
そう言って蘭に軽いほうの袋を任せた。
今日は体調がいいし、気分だって悪くない。
蘭は素直にそれに従い「ありがとうございます」と、頬を赤らめた。
これが誘拐された被害者なのだと言っても、きっと誰も信じないだろう。
2人で肩を並べて帰路を歩いている間、蘭の心はずっと浮き足立っていた。
一緒に買い物をして、肩を並べて帰る。
しかも同じ家にだ。
はたから見たらカップルとか、もしかしたら若い新婚夫婦だと思う人だっているかもしれない。
そう考えるとまた鼻歌が出てきた。
「それ、流行った曲だよな」
今度は止めることなく、彰は聞いた。
「あ、はい。好きなアイドルの曲です」
「アイドルが好きなのか?」
「はい。女性アイドルも男性アイドルも好きです」
「結構ミーハーなんだな」
それは友人にも言われたことのある言葉だった。
流行りものが好きだですぐに追いかけたくなる性格なのだ。
だから、彰さんのことだって……。
そこまで考えたところで家が見えてきた。
昨日はとにかく早く買い物をして帰らなければと思っていたから、しっかりと見ることのできなかった概観だ。
茶色の壁に黒い屋根。
周囲は高い塀で囲まれているから、庭に出しているゴミが見えないのは幸いだ。
伸び放題の雑草だって、外から見たらわからない。
それに、自分たちの関係だってこの塀が隠してくれているように感じられた。
「さぁ、早く帰って朝ごはんにしましょう」
なんだか壁に守られているような気分になり、蘭は元気良く言ったのだった。
☆☆☆
朝ごはんは買ってきた卵とウインナーを焼くことにした。
「スクランブルエッグと、目玉焼き、どっちがいいですか?」
「目玉焼き」
彰の要望にあわせて目玉焼きを作ることにした。
丸いフライパンを取り出し、油を引く。
フライパンが温まったところで先にウインナーを投入した。
切れ目を入れて火を通りやすくしている。
ウインナーが焼けてきたら空いているスペースに卵を落とした。
卵は半熟が好きだということなので、焼き時間は短めだ。
その間彰は2人分の茶碗を用意して、炊きたてのご飯をよそっていた。
更に箸と、目玉焼きを乗せる白いお皿を用意する。
「ありがとうございます」
ちょうど焼き終えた目玉焼きを、蘭がお皿に移して行った。
焼きたてのいい香りがキッチンに充満している。
2人で並んでいただきますと言えば、本当に家族か夫婦のように見えてくる。
彰は半熟卵をそのままホカホカご飯の上に乗せて、買ってきたダシ醤油をかけた。
その上で卵を割るとトローリとした黄身がご飯に絡みつく。
少し焦げ目のついた白身の部分を箸で崩して、ご飯に混ぜ込む。
「すごい、半熟卵かけご飯だ」
蘭が言うと彰は笑顔でうなづいた。
「施設でよく食べてたんだ」
その言葉に蘭が箸をとめた。
「施設?」
驚いて聞き返す。
「あ、いや。なんでもない」
彰は左右に首を振り、半熟卵かけご飯をかき込んだのだった。
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