第21話
☆☆☆
湿って重たい布団を体にかけながら、昼間の内に干しておけばよかったなと感じた。
元々古い布団なのだろう寝返りをうつのも苦しいくらいだ。
仕方なく布団を諦めて毛布に包まった。
目を閉じると、昼間の疲れや昨夜拘束されたままでロクに眠れなかったことなどで、すぐに眠りに落ちて行ったのだった。
☆☆☆
翌日、目が覚めたとき一瞬自分自分がどこにいるのかわからなかった。
寝返りをうち、自分の家にはない一枚板のテーブルを見たとき、記憶がよみがえってきて蘭は上体を起こした。
そうだ、ここは彰さんの家だ。
自分が着ているTシャツを見下ろし、そしてギュッと両手で自分の体を抱きしめる。
感じるのは甘い洗剤の香り。
そしてかすかに残っている彰の香りだ。
それを思いっきり吸い込んで、蘭は起き上がった。
今何時くらいだろう?
襖を開けて大きな窓から外を見てみると、すでに明るくなっている。
でも昼にはまだ遠いみたいだ。
毛布をたたんで部屋の隅に片付け、キッチンへ向かう。
昨日のカレーが少しと、炊飯器に残っているお米も少し。
お米は炊きなおすとして、おかずはどうしようか。
さすがに昨日の買い物でポイントは使い切ってしまっているから、買い物に出ることもできない。
困り果てていると足音が近づいてきてキッチンのドアが開いた。
「おはよう」
彰がぶっきらぼうな口調で言った。
蘭は一瞬にして目を輝かせて「おはようございます!」とお辞儀をする。
朝から彰に挨拶してもらえるなんて蘭にとっては夢のような出来事だ。
しかも彰の髪の毛には寝癖がついていて、とてもかわいらしい。
彰のこんな姿を拝める人なんて滅多といないだろうし、まるで新婚さんみたいだ。
そんな浮き足立った気分になったとき、彰が冷蔵庫を開けた。
「なにもないだろう。昨日のカレーは蘭が買ってきてくれたんだよな?」
今まで『お前』と呼ばれていたのに突然名前で呼ばれ、蘭の心臓は大きく跳ねた。
緊張から背筋が伸びて、大きくうなづく。
「悪かったな。買い物、一緒に行こうか」
「い、いいんですか?」
声が裏返った。
昨日のカレーも掃除も、蘭がやりたいと思ったからやったことだ。
それが今日は一緒に買い物へ行こうと誘ってくれている。
蘭にとってそれは大きな一歩と同じことだった。
「いいもなにも、買い物に行かないと食いものがないだろ」
彰はそう言うと『着替えてくる』と蘭に言い置いてキッチンを出た。
その後ろ姿を見送った蘭はすぐに和室へ入り、着替えをした。
彰はなにも言わなかったが、まだ彰のTシャツを着たままだったのだ。
自分の服は一着しかないから匂いが気になったけれど、仕方がない。
手早くジーパンとTシャツ、それに上着を羽織って和室から出た。
そのタイミングで着替えてきた彰が部屋から出てくる。
しかし、髪の毛に寝癖がついたままだ。
さすがにそのまま外に出るのはどうかと思い、蘭は洗面所へ行くことを彰に促した。
「なんだよこれ。すげーはねてる」
鏡を確認した彰は舌打ちして手で寝癖を撫で付けた。
しかし、簡単には直らなくて水をつけてクシでとかして、ようやく収まった。
「よし、じゃあ行くか」
「はい。あの、マスクとかありますか?」
「あるけど?」
どうしてマスクなんてつけるんだ?
そんな疑問が浮かんできたが、すぐに理解した。
彰は誘拐犯で、蘭は誘拐の被害者だ。
顔をさらして歩くわけには行かない。
彰は納得して大き目のマスクと蘭に差し出した。
自分はいつも使っている黒いキャップを深くかぶった。
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