第20話

その日から、2人の奇妙な共同生活が始まった。



彰は蘭を出て行かせるタイミングを失い。



また、死ぬタイミングも失った。



「明日は、庭のゴミを出しに行きましょう」



夕食時になると、蘭がそう言ってきた。



ダイニングテーブルには昼間のカレーが2人分並んでいる。



「あぁ、そうだな」



彰はうなづく他ない。



自分が誘拐した相手とこんな風に会話するなんて考えてもいなかったが、今更蘭を拘束しなおすのも違うと感じる。



「それから雑草もどうにかしたいですね。せっかく広い庭があるのに、もったいないです」



庭の手入れなんて考えたこともなかった。



彰の生活はいつも大学とバイトで回っていて、家には寝るために戻ってきているようなものだった。



休日にはバイトが入るため、手が回らなかったとも言える。



庭があることは当然わかっていたが、雑草が伸びていることなんて気がついていなかった。



そのくらい、狭い視野で生きてきたのかもしれない。



自分が帰って来る場所なのに。



食事を終えると蘭は手際よく洗い物を始めた。



「いいよ、俺がやるから」



「大丈夫です。彰さんはお風呂に入ってください。あ、でもあまり入らないほうがいいんですかね?」



蘭は振り向いて彰を見つめる。



体調が悪いときは無理にお風呂に入ることはない。



そう言っているのだろう。



「あぁ。いや、入ろうかな」



「そうですか」



蘭はにこやかにうなづく。



自分が返事をするだけでこれだけ反応してくれる人がいただろうかと思いつつ、彰は風呂場へ向かった。



黒いカビが生えていた浴槽は今は輝いている。



どうやってあの頑固がカビを取ったのだろうと彰には不思議で仕方がなかった。



湯船にお湯をためて入ると、大きなため息が出た。



カビや汚れが気になって、いつもシャワーだけで終わらせてきたのだ。



でもこうしてお湯に肩までつかることで生き返る気がする。



シャワーでかまわないと思ってきたけれど、実は大切なことを怠ってきたのかもしれない。



体の汚れを落としてサッパリすると、脱衣所に着替えが準備されていた。



それは何ヶ月もの間投げっぱなしにしてあったパジャマで、蘭が洗濯までしてくれたのだとわかって、少し照れくさくなる。



「着替え、ありがとう」



キッチンでお茶を飲んでいた蘭に声をかける。



すると蘭は照れたように頬を赤らめた。



まるで夫婦みたいだと思ったのだ。



「あたしもお風呂入ってきます。彰さんは無理せずに寝てください」



「あぁ」



答えて、ふとテレビに視線を向けた。



今の子には珍しくてテレビはつけていなかったようだ。



スマホも取り上げてしまっているし、暇じゃないのか。



そんな疑問を感じている彰の横を通り抜けて、蘭はお風呂へ向かったのだった。


☆☆☆


湯船に使った蘭は大きく息を吐き出した。



彰は終始怒ったようなとまどったような表情を浮かべていた。



けれど作ったカレーは食べてくれたし、無理矢理追い出されたりもしていない。



勝手に掃除したことは微妙に感じているみたいだけれど、やってよかったと思っている。



明日の予定はすでに決めたし、今日は予想よりも疲れてしまったようでお湯につかっている間に眠気が襲ってきた。



今日は早く寝よう。



浴槽から出て体を拭き、ふと足元を確認する。



自分の分の着替えはないから彰のTシャツを勝手に拝借してきてしまった。



昼間ちゃんと洗ったものだ。



蘭はそれを手に取りそっと自分の顔に近づけた。



思いっきり匂いを吸い込んでみると洗剤の香りがする。



彰が着ていたものだと思うとまた体の芯がうずいた。



しかしそれに気がつかないふりをして、蘭はTシャツの袖に腕を通したのだった。

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