第14話

脱衣所には脱ぎ散らかされた洗濯物が山になっていて、足の踏み場もない。



タオルを取ったとき、蘭は衣類を踏みつけて中に入ったのだ。



「よしっ!」



蘭は自分に気合を入れるように呟き、再び腕まくりをした。



そして洗濯機へと近づく。



洗濯機の上のホコリを雑巾でふき取り、スイッチを入れる。



ピッと音がして電源が入る。



どうやら壊れてはいないみたいだ。



横にある棚から洗剤を取り出して見ると中身はまだ残っている。



これで洗濯もどうにかなりそうだ。



蘭は足元の洗濯ものを次々と洗濯機の中に放り込んでいく。



といっても、色物とそうじゃないものくらいの仕分けはした。



そうして一度洗濯機をまわしておいて、浴室へ通じるドアを開いた。



浴槽も昔ながらの古いもので、幅が狭くて高さのあるものだ。



ほとんど正方形といっても良いかもしれない。



残念だけど足は伸ばせそうにない。



蘭はまず浴室の窓を開けて、換気扇も回した。



湿気であちこちカビが生えているのがわかる。



これはさすがに力づくで落とすことは難しい。



なにか洗剤がないかと見回してみれば、ちょうどカビを落とすための洗剤が目に入った。



赤いパッケージのそれを手に取り、浴室中に巻くことにした。



泡で出てくるタイプのそれを振りかけておけば、数時間で黒ずみはキレイに消えてくれるはずだった。



ついでに洗面器の裏や椅子の裏まで吹きかけておくことにした。



それが終わると今度は和室だ。



この家の中でもっとも汚れている場所。



ふた間続きの和室の襖を開けて、思わず顔をしかめた。



足の踏み場もないのはまさにこのことだ。



一人暮らしでこれだけ広い家に暮らしているのに、どうしてここまで汚れるのか不思議でならない。



ゴミはそのままの状態で落ちていたり、大きなゴミ袋に入れられていたりする。



ゴミ袋があるということは、彰も少しは自分で片付けようとしたということかもしれない。



それでも体に不調を感じてなかなか動くことができず、ズルズルとそのままになってしまったのかも。



つい彰のことを考えてしまって、蘭は左右に首を振った。



今は目の前のゴミをどうするかということに専念しないといけない。



彰のことを考え始めると、どうしても手が止まってしまうからだ。



蘭は和室の襖を全部開け、廊下の窓からゴミ袋を放り出し始めた。



庭はどんどんゴミ袋が重なっていく。



代わりに和室の中は少しずつ地面が見えてくる。



そうして袋に入れられているゴミをすべて外に出すと、今度はまた地道な作業の始まりだ。



蘭はゴミ袋を持ってきて、散乱するゴミを丁寧に仕分けしはじめた。



時折、缶やビンが出てきて指を切りそうになりながらも、黙々と作業を進める。



その中に入院案内の資料があり、蘭はつい手を止めてしまった。



彰はあれからまた病院へ行ったのだろうか。



入院手続きや、薬の都合もあるからきっと行っているんだろう。



それでもやっぱり入院はせずに、この家にとどまっているのだ。



これから入院しようとしても、きっともう無理だ。



蘭の両親は行方不明者届けを出してすでにニュースになっている可能性もある。



蘭はギュッと唇を引き結んで、掃除の続きを開始したのだった。


☆☆☆


和室の掃除があらかた終わった頃、さすがにお腹が空いてきていた。



時間を確認しようと思っても、壁にかけられているのは止まったままの時計だ。



仕方なくキッチンへ向かい、小型のテレビをつけた。



彰が起き出してしまうかもしれないので、音はできるだけ小さくした。



テレビの左上に表示されている時間を確認すると午後1時を回ったところだとわかった。



お腹が空くわけだ。



けれど冷蔵庫が空っぽであることはすでに確認済み。



なにか食べようにも買い物にでかけないといけない。



そしてお財布を取られてしまっている。



彰を起こすのもかわいそうだし。



どうしようかと思案しながら、なにか持っていないかズボンのポケットに片手を突っ込んだ。



バッグごと取られているから残っているものなんてあるはずないか。



そう思ったが、指先になにか硬くてへらべったいものが触れた。



それを取り出してみるとポイントカードだ。



普段サイフに入れているものがどうしてポケットの中に?

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