第13話
ザッザッとホウキが廊下の板をこするたびにホコリが舞い上がり、太陽の光に照らされてキラキラと輝く。
これが宝石ならいいのにね。
なんて考えていると楽しくなってきて、知らない間に鼻歌を口ずさんでいた。
あの時、彰に止められた歌だ。
けれど今度はあたしの鼻歌を止める人はいない。
掃き掃除を終えて、今度は水に浸したタオルで床を拭き始めた。
モップなんてないから、腰をかがめて廊下を走り抜けていく。
ダダダダッ! と、自分の足音が大きく響き渡って慌ててスピードを落とした。
今の音で彰が起きてしまったかもしれない。
彰にはできるだけゆっくりしてほしいから、掃除も静かにしなきゃいけない。
そう考えると、掃除機がないのはよかったかもしれない。
雑巾がけが終わる頃には額にうっすらと汗が滲んできていた。
だけどまだ廊下の掃除が終わったところだ。
和室にもキッチンにもゴミは散乱しているし、トイレやお風呂だって水汚れがひどい。
蘭は休んでいる暇がなかった。
せめて料理ができるようにしようと思い、先にキッチンを終わらせることにした。
彰はあまり自炊をしないのか、生ゴミは卵の殻が少し残っている程度だった。
そのことに安堵しつつ、まずばゴミ袋を広げた。
足元に散乱しているゴミを丁寧に袋に入れていく。
万が一大切なものを捨ててしまわないように、一度手に取ったものをキチンと確認する丁寧さだ。
「カップラーメンや、お菓子の袋ばっかり」
掃除をしながら呟き、微笑む。
どんなものでも彰のものに触れることができるのは嬉しかった。
そして、彰の指をわざとなめたときのことを思い出す。
体の芯がゾクゾクして毛が逆立つ感覚。
蘭は大きく息を吐き出して、恍惚とした表情を浮かべた。
そして再び手を動かす。
なにより蘭にとって嬉しいことは、こんなに家が汚れているという事実だった。
こんなにひどい家に女友達や彼女を呼ぶことはできない。
もし呼んだとすれば、彼女が掃除をしているはずだ。
でも部屋の中は散乱したまま。
ということは、彰にそういう相手はいないということになる。
それは蘭にとって長年の悩みが晴れたような、すばらしい答えだった。
キッチン内のゴミをまとめるだけで、ゴミ袋2つ分になってしまった。
想像以上のゴミの量に疲弊しそうになるが、気を取り直してゴミ袋を庭へと運んだ。
廊下から見える庭はかなりの広さがあるけれど、全く手入れをしていないようで雑草が伸び放題になっている。
蘭の腰の高さくらいまである雑草の中にゴミ袋を投げ出した。
今はとにかく家の中の掃除が先決だ。
庭掃除はそれから考えたらいい。
キッチンに戻ってきた蘭は今度はシンクへ向かった。
シンクの中にはいつ食べたのかわからない鍋や、ラーメン皿が放置されている。
そこから立ち上る異臭が一番きつかった。
水を沢山流してにおいを緩和させながらせっせと食器を洗っていく。
どうしても落ちない汚れがあっても食器を捨てたりせず、洗剤で付け置きしておくことにした。
こうしておけば、明日にはどうにか取れてくれるはずだ。
それからガスコンロの掃除だ。
本当なら専用の洗剤を振り掛けておくだけで随分とキレイになるのだけれど、この家に専用の洗剤はない。
一瞬買いに行こうかとも思ったが、蘭の持ち物はすべて取り上げられている。
それに、彰が目覚めたときに一人にさせたくなかった。
その重いから、蘭は金だわしを使ってコンロをこすることに決めた。
力いっぱいこすれば汚れは少しずつでも取れていく。
時間も手間もかかるけれど、それが彰のためだとなると、どうってことはなかった。
また、自然と鼻歌が出てきてしまう。
自分は今彰のために動いているのだ。
そのことが蘭をとても充実した気分にさせた。
そして1時間後、頑固がコンロの汚れを撃退した蘭はキッチンの椅子に座って一息ついていた。
ヤカンを洗い、食器棚から茶葉と急須を取り出してお茶を入れたのだ。
最初キッチンに入ったときに感じた嫌な臭いはもうしない。
いつでも料理ができる状態になった。
冷蔵庫の中を確認したけれど、ほとんどからの状態だった。
変に食材が入っていて痛んでいなかっただけ、蘭はホッとしていた。
それでもこのままじゃ一緒に暮らすことはできないから、食材だけは買いに出かけないといけない。
彰が目を覚ましたら、提案してみる必要があった。
いくらなんても、もう蘭が逃げ出したり警察に通報することはないと彰もわかってくれただろう。
お茶を飲み干した蘭は手際よく湯飲みを洗い、その足で風呂場へと向かった。
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