第11話
がん細胞はきっとずっと前から体の中にあったんだろう。
それでも俺にとっては突然の宣告だった。
体の中にあり、俺の一部になっても気がつかず、多少の不調を抱えながらも何事もなく過ごしてきた。
あるいは、もっと早くに発見されていれば、俺は死ぬことはなかったのかもしれない。
でももう遅い。
俺はガンと一緒の時間を長く過ごしすぎてしまった。
時間を戻ることはできないし、ガンを消すこともできない。
医師に従って入院するのが正しい選択だ。
そんなとき、不意に寝室のテレビがついた。
リモコンが布団の下になっていて、誤ってボタンを押してしまったのだ。
今テレビなんて見たい気分じゃないのに。
苛立ちを覚えながら布団から顔を出してテレビを切ろうとする。
その時、画面一杯に見知らぬ男の顔が映し出されて、なぜだか目がそらせなくなってしまった。
俺はリモコンを持ったまま、その男の顔に釘付けになった。
黒縁めがねをかけていて学生服を着たパッとしない顔。
同じクラスにいたら間違いなくイジられ役になるようなヤツだ。
その後画面が切り替わり、どこかの駅を映し出した。
男性キャスターが深刻そうな表情でマイクを握り締め「今朝10時頃、この駅前で殺人事件が起きました」と、説明している。
犯人は23歳の自殺願望を持つ男で、どうせ死ぬなら誰かを巻き添えにしてやろうと考えたらしい。
画面はスタジオに戻された。
「道連れにするために弱い女性や子供を選んで切り付けていったということですね」
「そのようですね。会社員だった男は日ごろからストレスを抱えていたようで、それが爆発したと話しているようです」
犯人は捕まって、しかし死んでいないみたいだ。
俺はゴクリと唾を飲み込み、背筋を伸ばしてニュースを見つめた。
自分が死にたいから、誰かを巻き込む。
それは考えたこともないことだった。
今日余命宣告を受けた俺はただひたすら一人で苦しみながら死んでいくのだと思っていた。
だけどこの男は違う。
ひとりでんなんか死んでやらない。
世の中から受けた鬱憤を晴らして死のうとしたのだ。
結局自分は死ねなかったわけだから、世間からのバッシングは相当なものになるだろう。
だけどちゃんと死ねていたら?
バッシングされたとしても、死んだ後のことなんてきっとどうでもいいはずだ。
俺ならきっと、うまく死ねる。
そう思うとさっきまでの体の震えが止まっていた。
それところか血が沸き立つような感覚すらしてくる。
今まで生きてきてもいいことなんて少しもなかった。
好きなことや趣味はできたけれど、恋人がいたこともない。
自分が必要とされるのは友人から都合よく使われるときだけだし、死んだ時に悲しんでくれるかどうかも怪しい。
俺が死んだ後、俺という人間は簡単に記憶から消えていってしまうことだろう。
それなら最後にみんなの記憶に残るようなことをしてみてもいいかもしれない。
彰の顔には、知らない間に笑みが浮かんで来ていたのだった。
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