第6話

☆☆☆


最後の晩餐はなんだか少し妙な形で終わってしまった。



男はずっと自分のことを疑っていたし、どれだけなにもしていないと説明してもダメだった。



「待ってよ、説明を聞きたいの!」



階段をあがっていく後ろ姿にそう声をかけたけれど、男が戻ってきてくれることもなかった。



誰もいないコンクリートの部屋に残されると途端に胸がつぶれそうに苦しくなった。



寒々しい灰色の部屋。



テーブルの上に並んだ自殺道具。



明日男がこのどれかを使って命を絶とうとしている。



そう考えるといてもたってもいられなくなる。



今すぐとめたくなる。



蘭は身じろぎをしてみたが、やはりロープはそう簡単にはほどけそうにない。



力を込めて引きちぎるのだって無理だ。



でも……。



ふとサンドイッチを食べさせてもらったときの事を思い出した。



食べるふりをして、少しだけ舌を出してみた。



男の指に舌先が触れた瞬間、しびれるような快感が体を貫いたのだ。



憧れていた人の指。



少し汗でしょっぱくて、暖かな指の感触を今でも舌先が覚えている。



「ふふっ」



蘭はその感覚を思い出して、声を出して笑ったのだった。

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