第5話

片手にカッターナイフを握り締めたまま家から飛び出すと、外の路地へ出た。



外は暗く、周囲に人の気配はない。



しかし男は注意深く家の周りを一周すると、今度は部屋の中をくまなく調べまわった。



そこになんの変化もないことを知ると、今度は蘭の持っていたものを確認した。



位置情報がわかるスマホは、もちろん電源を落としている。



他に外部の人間と連絡を取り合えるような道具はない。



なにより、蘭は今拘束されていて誰かと連絡を取るようなことはできないはずだ。



それなのにあの余裕。



一体なんなんだ……?



焦りが生じ始めた男は早足に階下へと向かった。



重たいドアをあけてコンクリートの冷たい階段を下りていくと、さっきまでと同じ状態で蘭はいた。



「仲間がいるのか?」



近づいて質問すると、蘭は瞬きをする。



そして大きな声で笑い始めたのだ。



この状況で笑えることと部屋の壁に反響する蘭の声にビクリと体を震わせる。



「そんなわけないじゃないですか。どうやって仲間を呼ぶんですか?」



蘭の言うとおりだ。



しかし男は警戒を緩めない。



蘭がなにかを隠し持っているのではないかと考え、後ろに回って手元を確認する。



しかし蘭はなにも持っていない。



それなのにこの余裕。


男の胸には更なる焦りが生じていた。



蘭は自分になにか隠している。



もしかしたらとっくに警察に通報されていて、突入されるのは時間の問題なのかもしれない。



ついさっき外を確認したばかりでそんなことはないとわかっているのに、不安は募る。



男は蘭を見下ろし肩で呼吸を繰り返した。



蘭はそんな男をジッと見上げている。



大きくて黒目がちなめが男を見つめる。



次の瞬間男は蘭の服に手をかけていた。



乱暴に引きちぎるように脱がしていく。



ロープが邪魔をして半端にしか脱がせることができなくて、そこで手を止めた。



そして、蘭の様子を確認する。



蘭は、笑っていた。



うっすらを笑みを浮かべ、恍惚とした表情で目を閉じているのだ。



「なんだよお前……」



男は蘭から手を離し、そして数歩後ずさりをした。



蘭はゆっくりと目を開ける。



「安心して。あたしは通報なんてしてない。仲間だっていない。ただの高校生だから」



「ただの高校生なわけないだろ!?」



頭を抱えて怒鳴る。



この女はいったいなんなんだ。



ここまで冷静でいられる理由は1つしかない。



すでに外部と連絡が取れていて、助けがくるとわかっているだから。



それとも、他になにか目的があるとでも言うんだろうか。



男は顔を上げて蘭を睨みつけた。



その目は人を刺すように鋭い。



「お前の目的はなんだ」



「目的?」



「そうだ。目的があるからそんなに余裕な顔してられるんだろ!?」



その質問にも蘭は左右に首を振った。



どうしてそこまで勘ぐられているのか、不思議に感じている表情だ。



「目的なんてなにもない。あたしは突然あなたに誘拐されてここで目が覚めたの。あなただってしっかり理解しているでしょう?」



そう言われると男は弱かった。



蘭が言うとおり、自分は用意周到に蘭をここまで連れてきた。



といっても人を誘拐するのは始めてのことだ。



もしかしたら目撃者もいかもしれない。



その人がすでに通報しているかもしれない。



だけどそれは蘭も自分もまだ知りえないことだ。



蘭にここまでの余裕があるのは、やっぱり怪しい。


男が無言で蘭を睨みつけていると、蘭は大きく息を吐き出した。



「じゃあ、少し質問をさせてくれない?」



「質問?」



「そう。さすがにあたしだって何もわからないままし死ぬのは嫌だよ。だから、あなたが死にたいと思った理由を聞かせてほしいの」



冷静な口調ではあるが、ようやく被害者らしい言葉を聞くことができた。



男は少し落ち着いて蘭の前に移動した。



そして「そんなもの、お前に話す必要はない」冷たく言い放ち、再び部屋を出たのだった。

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