お姉ちゃんが好きな妹ちゃんのおはなし
宮古桜花
或る昼下がりのこと。
日曜日の昼下がり、下がりきっていない残暑の微熱が纏わりつくようにして体を温め、2つの理由からくる体温の上昇を理由もなく跳ね除けるようにスマホの画面に縋り付き、座礁した小型船から助けを求める。
どこか憂鬱で、褻の日を営むことも満ち足りずテンションも下がりっぱなしだ。
「やっばっ!このシチュ神すぎ!まじ尊いんだけど!!」
なのにこの姉は...
声を荒らげてスマホの画面を食い入るように見つめ、目を輝かせているのは私の姉だ。
「茜もこれ見てよ!まじやばいから!DM送るね!」
姉はそう言ってわたしのSNSのアカウントに先程から姉を暴れさせていると思われる投稿を貼り付けてくる。
「きた?」
「うん。お姉ちゃんのアカウントってこれだよね?『みどり』ってやつ」
姉の名前が
「そうそれだよー。で、見た!?」
「ちょっと待て。今ロード中。」
急かすようにソファーの上で正座しながら体をぴょんぴょん跳ねさせている姉。
ロードが終わり表示されていたのはあるアカウントが投稿していた漫画。
とりあえず見ろとの思し召しなので画像をタップして読み進めていく。内容は幼馴染同士がお互いを意識してから結ばれるまでを描いた百合、つまり女の子同士の恋愛のお話。投稿ページを下にスクロールしていって12投稿ほどで完結していたのでそこまで時間はかからなかった。確かに絵は可愛かったしストーリーも良かったけれど.....
「どう!どう!」と期待の目を向ける姉は上半身をソファーに背にして座っているわたしのほうへ乗り出すようにして聞いてくる。
女の子らしいどこか甘い匂いとわたしと同じシャンプーのシトラスの香りがふわっと空気中に舞う。
耳元に姉の口があるせいで吐息が耳の中に入ってくるみたいでわたしは体を気づかれないように静かに震わせた。
「ん...絵、可愛かったね。」
「でしょ?この漫画家さんマジで絵上手いし!」
「まあ、面白かったよ。刺さる人には刺さるんじゃない?」
他人事のように言う。今のわたしの顔はあまり姉に見せたくなくて少し俯いたまま声だけに耳を傾ける。
「えー茜は?尊くない?」
「別に」
ぶっきらぼうに返事すると姉は頬を膨らませて怒ったようなすねたような表情になる。
「ふーんだ。べつにいいけどさーわからなくても。」
と言って残念そうに顔をふいっと背ける。
こうなるとめんどくさい姉だ。
「わからなくてごめんね?お姉ちゃん。冷蔵庫のわたしのプリン食べてもいいから機嫌直してよ。」
言いながら少し微笑んで手をふる。
「ふーんだ。」
すねている姉を横目にわたしは母の方へ体を向ける。
「お母さん。わたし部屋こもるから夜ご飯できたら言って。」
「はいはい分かったわよ。行ってらっしゃい。」
「お姉ちゃん、また後でね。」
それだけ言って、母に送り出されたわたしは階段のあるドアの方へ向かって歩みを進める。
ドアに手をかけて振り向くと姉がこちらを見ていた。
手を振りながらドアを開ける。
「ふーんだもん」
と姉は子供のような口調で言いながら体を背ける。
10秒ほど待ってみたけど、姉は相変わらずわたしのほうを向かなかった。
階段を登りきって私の部屋にたどり着く。
1つ奥が姉の部屋になっている。
部屋には勉強机とその前の壁に掛けられている鏡。
反対側にはクローゼットと漫画や本をしまっている本棚だ。
私の部屋は基本的に簡素でいわゆる女の子っぽい部屋とか、お嬢様みたいな部屋とかとはかけ離れている。
ベッドにうつ伏せで飛込んでパーカーのポケットのなかにしまったスマホを取り出し姉から送られてきた漫画を開く。
スクロールしてもう一度読み直す。やっぱりこの漫画、姉の言ってた通りめっちゃ尊かった。特に最後のシーンのセリフと絵で全て報われるような気持ちになった。ラストシーンまでの葛藤や苦難が着火剤となって、物語の終焉を盛り上げる。解き放たれて開花するように2人を祝福する。気持ちの変化に気づいた場面や、打ち明けるかを迷う場面だったりに共感も覚えた。
けれど姉には「良かったよ」って、ただ一言すら言えなかった。物語の登場人物に嫉妬してしまって、「じゃあなんでわたしたちはこの物語みたくうまくいかないんだろう」なんて思ってしまう。
「情けないなあ、わたし。」
そんな自分が惨めに思えて嘲笑するように言う。
寝返りを打ってスマホを頭上に構える。
画面には姉とのDMの履歴。操作して自分のアカウントのプロフィール画面に行く。
【アカウントの切り替え】ボタンを押すと今使っていたアカウントとは違うもうひとつのアカウントが表示された。
投稿画面に行き私の鬱憤を晴らすように思いを書き殴る。
投稿してスマホをベッド横のテーブルに放り投げる。
「はぁ...」
姉が百合漫画を勧めてくるのが面白くないと感じる。どんな意図があるのか。あるいはただ単にジャンルとして好いているのかは分からない。けれど姉が他の誰かを好いているようで面白くない。
わたしも好きなのに姉に対して理不尽を強いているなとは思う。けれどこればっかりは理屈じゃないんだよ。
寝転がって枕を両手で離さないように強く抱き締める。ふわっとした触感を手に感じる。
この枕が姉だったらいいのにな。なにも強がらずに素直に抱き締めれればいいのにな。姉がわたしのものになればいいのにな。
「お姉ちゃん...ねえ...わたしじゃ...だめなのかな...」
萌え袖にしたパーカーから右手の指だけを出して手のひらの方へ丸めるようにして爪を突き立てる。服を挟んでなのに手のひらがじんじんと痛む気がした。
「お姉ちゃん...大好きだよ...」
わかってる。こんなこと言わなきゃわからない。知らない姉は察しようもない。けれど今の私には言う勇気なんてない。関係が変わってしまうのが怖くて、ただ心のなかに靄靄が溜まっていくのを感じることしかできない。
顔をあげるとアカウントにはいくつかの通知が来ている。投稿されたばかりの文章に1つの返信がつく。しだいに返信は増えてゆき6つほどに膨らんだ。
『応援してます』
そんな何処にでもあるような小さな一言がいくらか連なる。誰でも知ってる常套句。だけど自分を、自分の感情を、肯定してもらえたような気がして。
「あしたはもうちょっと...頑張ってみようかな。」
わからないけれど何故かそう思えた。
お姉ちゃんが好きな妹ちゃんのおはなし 宮古桜花 @miyako_ouka
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