第8話 次々と壊れていく関係と新しい関係の構築
脳天に雷が落ちた。
と、錯覚するほど今の新上にとっては衝撃を受ける事態が起きた。
しかし、これで止まるほど小悪魔は優しくない。
甘い誘惑をするかのように、顔を近づけて耳元で囁く。
「嫉妬。それも一つの有効な手段だと私は思うよ。なんなら私を彼女にしてみない?」
「え?」
「もし新上が詩織に選ばれた時は潔く私は新上と別れるし手を退くから」
脳は休む間もなく働く。
つまり――解釈すると。
理沙は理沙で恋の成就。
ただし一時的なまがい物の成就。
詩織は詩織で新上を異性として気にするきっかけになるかもしれない。
なにより――新上は。
恋の傷を荒療治で治さないかと。
「途中で気持ちが変わって私に本気になってくれたら、それはそれで良い。私はそれを受け入れるから♪ ね?」
一般的に
男と言う生き物は単純でその魅力に夢中になる可能性が高いことを理沙は間違いなく把握している。特に新上には有効な手段として。
あざとく小首を傾け、何かを期待した真っ直ぐな視線を向けてくる。
瞳はキラキラしている。
理沙の柔らかい果実に押し当てられた腕。
その感覚を通して脳が詩織のことから理沙のことを考え始める。
失恋した逃避先相手。
酷い言い方をすればそうなる。
だけど――。
「今は一番じゃなくていいよ? 私が必ず一番になる自信があるからさ♪」
理沙は新上の心の中を全て見透かしたような態度と言動を向ける。
強気。
一言で言えばそうなる。
まるで敗北を知らない女王様。
そんな美少女はただチャンスをくれとストレートに言ってきた。
心が弱り、藁にもすがりたくなる。
なんとも絶妙なタイミング。
もしこの瞬間を約三年待っていたと言うなら駆け引きにおいて新上が理沙に勝てる要素はないのかもしれない。
「お前は……それでいいのか?」
「うん!」
即答だった。
なんの迷いもなく頷く。
「でも俺は詩織のことをこれからもずっと好きでいる。だから詩織を傷つけることはできない」
新上はわかっていた。
もしこの言葉を素直に伝えれば、今度は理沙を傷つけることを。
先日の自分と同じ気持ちにさせることを。
それでもやっぱり親友だからこそ自分の言葉で伝えておくべきだと判断した。
もしかしたら。
そんな期待が後で大きな絶望に変わる可能性が高いから。
「戦略的恋愛。新上は私を利用すればいい。詩織は新上が告白してきたことで今間違いなく心が揺らいでいると思う。だから私を利用して異性として意識させてみたら? 詩織が異性として認識するにはそれなりの強いインパクトが必要なのは私より幼馴染である新上の方がわかってるんじゃないの?」
「それは」
「このチャンスを掴まずして私を言い訳にして逃げるってなら、最低だよ?」
「でも……」
「詩織は間違いなく今新上のことを意識している! 私は詩織になら負けても後悔はしない! でも……詩織自身がこのまま悩んで最後に後悔する所も親友として見ていられないの。親友だからこそ私達は新しい関係へ進展することが必要だと思ってる。親友だからこそ――」
理沙の熱い言葉が新上の中で響く。
暖かい熱を持った言葉は酷く傷んだ心を癒すよう。
「――自分の心に素直になって、全力で戦うべきだと私は思ってる! それが後々いい想い出になると信じてるから! 上辺だけじゃない、本当の親友なら三人が離れ離れになることもないはず! そうでしょ? 私の初恋相手、新上優斗くん!」
胸の奥が見えない手で掴まれた感覚。
急に息が苦しくなる。
理沙から向けられる視線が錯覚させている。
恐い。
そんな感情が心の中で暴れる。
理沙の狙いは?
新上と詩織の恋愛成就?
だとしたら、違和感しかない。
それは理沙にとって――。
ならばと考える。
理沙がさっき言った言葉を思い返してみる。
「私は相手が親友でも負けない自信がある。だから私は私のために。新上は新上のために。全ては詩織次第になるかもしれない。でも……」
理沙は少し間を取って。
「……最後に詩織以上に私が新上の心を魅了していたらどうなる?」
「……俺が理沙を選ぶ?」
「せ・い・か・い!」
なんとも大胆不敵。
強気すぎる。
そう思わずにいられない新上。
一体なにがそこまで理沙に自信を与えているのだろうか。
そもそも理沙がここまで新上のことを好きな理由を実は知らない。
本人に聞いたこともあるが、何回聞いても教えてくれないから。
「新上の恋は詩織次第、私の恋は新上次第、詩織がもし恋をすれば私次第。結局私達はお互いに恋の主導権を相手に渡している状態。自分がどう頑張ってもすぐには実らない。だったらいっそのこと割り切って今を楽しみながら恋とも向き合う方が賢明だと私は思うのよ。だから私と付き合ってください! 私の初恋相手の新上優斗くん! 約束は守るからね?」
新上は迷った。
でも――理沙の言葉を聞いて思った。
ここまで一途に思ってくれる女の子は他にいないんじゃないかと。
実際は、まだ詩織一途。
それは変わらない。
未練がましいし、最低なのかもしれない。
それでも手を伸ばす以外に選択肢がない。
理性ではなく本能がそう悟った。
新上が詩織に告白した時点で三人の関係は変わり始めた。
だったらいっそのこと、恋の神様とやらに託して見る事にした。
全ての命運を――。
「わかった」
新上は静かに理沙の眼を見て頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます