第9話 新しい関係が始まった放課後


 時計の時刻が十七時を回った頃。

 玄関のチャイムが鳴った。


「はーい!」


 返事をしたのは新上ではない。

 誰であるかは言わなくてもわかると思う。

 黒髪美女の理沙である。

 玄関のチャイムを鳴らしている相手は間違いなくタイミング的にも一人しかいなかった。

 理沙が放課後ここに来るように言った相手――詩織。


「お、お邪魔します」


「ど、どうも……」


 リビングにやってきた詩織にぎこちない挨拶で返事をする。

 緊張している。

 さっきまで落ち着いていた心臓が急にバクバクと暴れ始める。

 手汗が凄い。

 春にも関わらず暖房を入れてたっけ?

 と思う程に体温が急上昇。

 額からも汗。


「ちなみにどうして二人が一緒に?」


「私も新上のことが心配だったから。てか詩織?」


「な、なに?」


「私誘ったよね? 一緒に行こうって」


「う、うん」


「断った時点で察して」


「あっ、そうだよね……あはは」


 緊張しているのは詩織も同じ。

 どこかいつもよりぎこちない。

 それに表情から困惑が見て取れる。

 助け船を出してあげたいところではあるが、今の新上には無理だ。

 緊張のし過ぎでそこまで気が回らない。

 新上の対面にあるソファーに座る詩織とその横に座る理沙。

 こうしてみると、高嶺の華の二人。

 少なくとも二人と特別な関係がなければそう思う。

 

「な、なら、理沙……そ、その……健康診断の時に話してた、……こ、こ、告白したの?」


 え?

 うそ?

 マジで?

 全てを知っている?

 はっ?

 へっ?

 ええええええええええ!!!!!!


 そんな言葉が新上の脳内で鳴り響いた。

 人生で一番の驚きだった。

 まさか初恋相手が全部の事情をまさかのまさかのまさかで知っていたなんて!

 理沙何考えてるんだーーーー!!!?

 そんな言葉が喉まで出てきそうになったが、なんとか飲み込んで二人の会話に耳を傾ける。


「けっ、か……は?」


 どこか不安そうに見て取れる声と表情で問いかける詩織に理沙がニコッと微笑む。

 その時、チラッと新上を見てきた。


「成功したよ♪」


 嬉しそうに答える理沙。

 と、ゆっくりと首を動かして新上を見る詩織。

 振られてから初めて視線が重なった。

 今までなら見つめられてドキドキしていた視線が今は別の意味でドキドキしてしまう。

 嘘をついても意味がない。

 脳はどんな言葉を言えばいいのか模索する。

 答えはすぐに出てこない。

 この場合何を言っても――正解であって正解じゃない。

 そんな事を思った新上は勇気を振り絞って言葉を紡ぐ。


「本当だ」


「……そ、そう。よ、良かったね彼女ができて」


「うん……」


 お互いに気まずい二人の間に割って入るようにして、


「嘘だね。詩織は戸惑ってる。詩織?」


「な、なに?」


 理沙の言葉に詩織が反応する。


「学校でも話したけど新上の恋の主導権は結局の所詩織が握っている。今ならまだ間に合うよ? 新上の気持ちに応えられなかったことは悪い事じゃないと思う。でもね、それを理由に戸惑っていたら新上はどうしていいかわからないと思うの。だからね、限られた時間で詩織自身がどうしたいかを考えてみて?」


「でも……」


「詩織は新上とこれからどうしていきたいの?」


「……わからない」


「わからないってことはいいこと。ちゃんと考えている証拠だから。今までの詩織だったら幼馴染の関係で終わっていたと思うから。だから親友としてここで宣言するね。私はこれからも詩織は詩織だと思ってる。でも私の中での詩織は親友であり恋のライバルなの。だからごめんね。私たちの関係は多分ずっと前から詩織が思っているだけの関係じゃなくなっていたんだと思う……」


 その言葉は詩織だけじゃなかった。

 静かに聞いていた新上の心に残る言葉でもあった。

 新上の中ではきっと詩織に好意を持った時点で幼馴染以上の関係を求めていたのだから。

 男女の友情は本当に難しいと思う。

 それは歴史が証明している事実でもある。

 多くの場合本能には勝てないと言うことだ。 


「うん。わかった……。理沙?」


「なに?」


「わかった。後悔しないんだね?」


 何かが吹っ切れたように詩織の目に力が宿った。

 今までどこか弱々しくおどおどしていたとは思えないぐらい力強い眼。

 新上は僅かな変化に気付かない。

 だけど目を合わせていた理沙にはハッキリとわかってしまう。

 自分の気持ちを知っていたからこそ、私たち三人の関係を壊したくないと強く願っていた彼女の思いで無意識に蓋をしていた何かがなくなったことを。

 薄々気付いていた。

 親友で女同士だからこそ。

 詩織の視線が無意識によく新上の方へと引き寄せられていたことを。

 ずっと前から。

 親友が強敵に変わった日は嬉しくも悲しい瞬間となった。


「うん」


「新上?」


「は、はい」


 唐突に名前を呼ばれた新上は背筋を伸ばして詩織に視線を向ける。


「私決めた。これからは二人の恋を応援する。けど、私たちは幼馴染。その関係は理沙と付き合っても変わらない。だからね、これからも仲良くしてくれたら嬉しいと思う」


「…………」


「振っておいて酷いことを言っている私をもし受け入れて認めてくれるなら嬉しい。私本当は新上と離れたくない。けど今は幼馴染以上にはどうしても見れない。今までずっとそう思って生きてきたから」


「詩織……」


「私と離れたいと思うなら私は距離をちゃんと取る。けど、もし私がまだ傍にいても言いって言ってくれるならこれからも仲良くしていきたいと思うの。新上は私とどうしたい?」


 ハッキリと今の心境を伝えてくる詩織に新上は少し考える。

 本当の自分はどうしたいのか。

 視線を前に向ければ理沙も新上を見ていた。

 二人が素直に自分の意見を言った以上、新上だけが嘘をつくわけにはいかない。

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