使用人たちは今日も

秋月未希

前編

「メアリお嬢様! 大変です! 殺人事件が発生しました!」


 若い執事のフィンは、慌てた様子でメアリの部屋に飛び込んだ。


「なんですって!?」

 

 部屋の中で優雅に紅茶を飲んでいたメアリは、勢いよく立ち上がった。


「これは、数々の事件をスマートに解決してきた、この名探偵メアリの出番ね。フィン、早速調査するわよ!」


 メアリはハンチングを被り、トレンチコートを羽織って、レプリカのパイプを口にくわえた。虫眼鏡を手に持ったところで、彼女は鏡の前でポーズを決める。


「よーし、完璧!」


 メアリはミステリーが大好きで、今までに数々のミステリー小説を読んできた。この屋敷の書斎は、世界各国から集めたミステリー小説で埋め尽くされている。

 メアリはそんな小説の中に出てくる、鮮やかに、そしてスマートに事件を解決する探偵に憧れ、探偵の衣装を発注させた。

 暇さえあれば探偵ごっこをしていたメアリだが、数年前に、屋敷で本物の事件が起きたのだ。事件と言っても、大旦那が大事にしていた壺を、何者かが割ったという、ただそれだけの話。

 しかし、犯人は名乗り出なかった。これは、自分の出番だ。メアリはそう思い、フィンと共に調査をした。そして、鮮やかに推理をして、無事に犯人を突き止めた。それ以来、メアリは様々な事件に携わり、優雅に解決して見せるのだ。


「お嬢様、そのパイプ偽物ですよね? 意味あるんですか?」

「雰囲気が大事なのよ、フィン。探偵と言ったらパイプなの」


 メアリはキーッとフィンを睨む。フィンは苦笑いをした。


「さあ、早く現場に行きましょう。その前に、殺人事件について、詳しく教えてちょうだい」

「分かりました。時間がありませんので、行きながらお話します」


 二人は部屋を出て、現場へと向かう。


「被害者は、うちのコックの一人である、ジェイコブさんです。調理室の倉庫の奥で、お腹を刺されて死んでいました」


 フィンは説明をした。


「殺人事件なんて物騒ね。それに、最近はなんだか事件が多い気がするわ。まあ、名探偵である私の出番が増えるだけなんだけどね」


 現場である、調理室の倉庫に、二人は入っていった。


「なんだか埃っぽいわね」


 メアリは顔をしかめる。この倉庫は、関係者しか入ることができない。その上、普段からあまり使われていない。

 倉庫の奥の方へ進むと、床に人型に白いテープが貼られていた。生々しい血が床にこびりついている。


「ここで、ジェイコブさんが刺されました。こちらが写真です。警察の方に、特別にいただきました」  


 フィンは数枚の写真をメアリに見せた。そこには、腹にナイフの刺さったジェイコブの死体が写っていた。様々な角度から撮られている。

 ナイフは、ジェイコブの右腹の辺りに刺さっていた。


「これだけでは、分からないわね。現場検証をしてみましょう」


 メアリは虫眼鏡を目に当てた。メアリの右目が大きくなる。

 二人は捜索を始めた。


「うーん、手がかりになりそうなものは、あるかしら?」


 メアリは無駄に虫眼鏡を使いながら、探していく。


「お嬢様、見てください」

 

 死体があった奥の棚の陰から、フィンはメアリを呼ぶ。


「これは、足跡?」


 メアリは虫眼鏡を使って、その足跡をじっくりと見た。たまっていた埃に、靴の跡がくっきりとついていたのだ。


「随分と大きいわね」


 見たところ、それは二十八センチほど。平均的な男性の足よりも、少し大きい。


「分かったわ。ここで犯人が、待ち伏せしていたのね」


 メアリは得意げに腕を組んで見せた。


「これで犯人がしぼられますね。犯人は、この倉庫には入れる関係者かつ、足のサイズが二十八センチ。さっそく、この足の大きさの人を探しましょう」


 そして、しぼられたのは三人だった。一人目は、コック長のハンソン。二人目は、死んだジェイコブの同期のクロード。三人目は、ジェイコブの後輩のウィル。

 

「犯人はあなたたちの中にいる。分かってるんだから。白状しなさい」


 メアリはレプリカのパイプを手に持ちながら言った。


「どうして俺たちがジェイコブを殺さないといけないんです? 俺たちは彼と、仲良くやっていたんですよ」


 クロードが訴えた。


「そんなの、なんだって言えるわよ」

「僕は、ジェイコブさんを尊敬していましたし、かわいがってもらっていました。殺す理由なんてありません」


 今度はウィルが、泣きそうになりながら言った。


「そうだ。私たちは、ジェイコブを、よき仕事仲間だと思っていた。恨むことなんて、何一つ無いんだ」


 ハンソンが言う。どうやら、彼らとジェイコブの関係は、良好だったようだ。

 これでは、殺した動機がない。

 頭を冷やすために、メアリとフィンは一度部屋の外に出た。


「フィン、どうすれば良いかしら?」


 メアリはフィンに助けを求める。するとフィンは、メアリにペンを渡した。


「これをナイフだと思って、僕を刺してみてください」

「え? ええ、分かったわ」


 メアリは戸惑いながらも、ペンを右手で持ち、左手はフィンの肩を掴んで、お腹を刺すふりをした。


「ほら、見てください。お嬢様は今、僕のお腹の、左側を刺しています」

「ええ、それがなんなの?」


 メアリは首をかしげる。すると、フィンはジェイコブの写真を取り出した。


「ナイフは、ジェイコブさんのお腹の右側に刺されています。後ろに壁がないので、今のお嬢様のように、片手で相手の体を支えなければ、うまく刺さりません。助走がつけられたのなら話は別ですが、あの倉庫は狭かった。ということは……」


 フィンの説明を聞き、メアリはひらめいたようにポンと手を打った。


「私は右利きだったから、相手の左側を刺していた。でも、ジェイコブさんが刺されたのは右側。ということは、犯人は左利きということね」

「はい、そういうことです」

「じゃあさっそく、聞きに行きましょう」

「あ、待ってください」


 フィンは引き留める。


「あんまりダイレクトに聞くと、怪しまれて、噓をつかれる可能性があります。だから、さりげなく確かめましょう」

「じゃあ、どうするの?」


 フィンはニコッと笑った。


「そろそろ、お昼ご飯にしましょうか」


 

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