第37話 繭、開放

 色の繭が削られていく速度は、思ったよりも早かった。


 段々と薄くなっていく色の防壁……、

 中にいるシャロンが薄っすらと見えている程度だった最初の頃とは違い、今では、はっきりと彼女が中で眠っていると分かる……。


 それほど、重なっている層が減少しているということだ。



 そして、遂に色の繭が崩壊する時がくる――。


 ぴし、と音が聞こえてきそうなほどの、一筋の亀裂が入り、


 やがて蜘蛛の巣状のように増えた亀裂が、色の繭を中心から砕いていく。



 ゆっくりと。


 シャロンが目を開けた。



 昔と変わらない、ボリュームがある銀髪……。

 大きな丸メガネが特徴的だった。

 この時代において、彼女は地底世界の王である。


 百年前の、リオとユイカがいた時代に、地上人から魔力を奪い返し、人々をグレイモアから人間へ戻して、地底世界を復興させた張本人だ。


 そんな彼女が長い封印を繰り返しているのは、王を務めることができる人材がいないからだろう……、アカネには向いていない。


 では、彼女の弟子の誰か……。

 アルアミカは『ない』として、では自称『シャロンの先祖』であるティカか……。



 しかし、シャロンよりも古い時代の人間だったとしても、現時点で持つ経験値はシャロンの方が多いだろう……、であれば、任せられないはずだ。


 生まれた時代だけ古くても、今だけを見ればまだ子供である。



 リオも、向かい合ってみて分かったのだ……、


 ティカは、国を一つ任せられるほどの実力を持っているわけではない――。


 だからシャロンがいなくなれば、復興の目途も経たない最悪の末路になる。



「……気持ちの良い朝かと思えば、急な展開ですね」


 焦った様子もなく、シャロンが手元を探り「あ、」と気づいて咄嗟に切り替えた。


 背中から飛び出した緑色の魔法の手が、自分に近づいていた化物を振り払う。


 ……なんてことができたのは、モノクレードルとグレイモアだけだ……、

 モノクラウンはさすがに、その巨大さ故に腕を振ったくらいでどかせる存在ではない。


 やはり巨体を動かすには最低限、積み重ねて膨らませた光弾でないと厳しい……。



 だが、光弾を作る余裕がなければ、魔法の手でなんとかするしかないのだ。

 長い鼻を持つモノクラウンの、その最大の特徴である長い鼻を魔法の手で掴んだ。


 ぐい、と斜め下へ引っ張れば、バランスを崩すことはできる――。


 膝をついたモノクラウンが、意識をシャロンから逸らした隙に、彼女が囲まれていた中心地点から飛び出し、偶然なのか狙っていたのか――、リオの数メートル先の大地に着地した。


 モノクラウンから距離が離れている、高い位置にある足場である。



「…………、リオ?」


「久しぶり、シャロン。あの時は不意打ちで襲ってくれちゃってさ――まだこっちはちゃんとそのことについて、消化できていないからね?」


「そうですか。……リオに言うことではないかもしれませんけど、地上人が私たちにしたことは、同じくらい酷いことですからね?」


「自分がしたことが酷いことだって認めるのね」


「だって復讐ですから。

 されたこと以上のことはしませんよ……目算ですけど」


 不安になる言葉が出てきたが、今更な話だった……。


 ぴったり同じ程度の復讐が達成できるとは思えない。そこには必ず誤差が生じるはずだし、想定していた規模よりも越えることはあっても、下回ることはないだろう。


 下回るならもう少し攻めてみようと思うのが復讐者である。


 損を取り戻したいのに、損をすると分かっていて立ち止まることはないだろう……。


 復讐の末に地底世界を復興させたシャロンだったが……、今こうして復讐『返し』、と言うよりは事故、事件……? ――によって、せっかく築いた国が崩壊してしまっているところを見ると……、自業自得でなくとも罰が当たったのかもしれない……。


 復讐なんてしなければ――とは、簡単には言えなかったが。


 きっと、リオが同じ立場であれば復讐したはずだ……、しないと気が済まなかったはずだ。


 だからシャロンを責めることも、一言、二言が限界だ――。



「すっかり、世界も変わってしまいましたね……」


「地上、地下、地底世界が統一されたみたいよ? どっかの『誰か』が善意で引き起こしてくれた天変地異よね……。それがまさか、人間でなければモノクラウンでもなく……、まさか筆ペンだとは思わなかったけど」


「…………、私の――彼が、」


「知っていたの?

 筆ペンに、こうもはっきりと意思表示をして、行動をする能力があることを」


「いいえ。……まあ、できない、とは思っていませんでしたが……」


 できないのではなく、『しない』のだろう、と予測をしていた。


 なぜ『しない』のか――、人間や生物とは違う思考回路を持っているのだ。


 シャロンが考えたところで、動く理由が違う可能性がある……。



 星自体が危機に陥らなければ、動かないだろうと思っていたが――、


 なにが『きっかけ』だったのだ?


 星の欠片たちの、その重い腰を上げさせた出来事とは……?



「思考回路が同じだったとしても、時間感覚が違えばタイミングなのかもしれないわね」


「どういうことですか……?」


「ここで動かなければこうは考えない、と結論を出すのは早いということよ。アタシたちと同じ思考回路で出した答えがあったとして――その熟考が年単位であればどうかしら?

 アタシたちが数時間で答えを出して、その瞬間に行動できるとしても、星の欠片からすれば全てが遅く、タイミングがずれてしまうのかもしれない。

 たとえば大昔の問題の解決法を、遅れていま実行した、みたいなね」

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