第35話 崩壊と統一

 地上人、地底人……――過去の争いを見てきた筆ペンは思ったのだろう……、


『こいつらなにしてんだろう?』――とでも。



 分かりやすい壁があるからこそ争いが生まれる……のであれば、全てを取っ払ってしまえばいい――。だからこそ世界を一つにしようとしている。


 そう考えたにしては時代の差があるが、人間が考えた一時間のような感覚なのだろう……、筆ペンからすれば。


 百年も二百年も――、

 一千万年の思考時間も人間で言う一時間レベルなのだ。


 だから動き出すまでが、遅かった……?



 突発的な行動じゃない。


 筆ペンからすれば、熟考した末の手助けなのだ。



 世界を一つにする。



 多種多様な存在を、一つにまとめて共存を強制させる。


 そうすることで人間たちでは動かなかった、世界の結果が出るはずだ――やる価値はある。


 ……とでも、筆ペンは思ったのかもしれない。



「……善意で?」


「かもしれないけど、それで困るのは人間のはずよ!」


 筆ペンの厚意に納得しかけたマユサだったが、まだ危機感が足りていなかった。


 多種多様な存在を一つにまとめることで共存を強制させる……、

 これなら地底人も地上人も関係なく、みんなが仲良くなれる場が整うのでは? と――。



 でも、忘れている存在がいるのでは?


 だって、



「グレイモアもモノクレードルもモノクラウンも――、

 !」


「――あ」


「地上が崩壊して全てが地底へ落下すれば、地上の化物も地底へ落ちることになる――、

 共存どころじゃない。人間が喰われて終わる結果が待ってる――っ。

 このままじゃ、人間が絶滅するわよっ!?」


 人間同士で争っている場合じゃなかった。


 筆ペンを止める時間はもうない。

 だから――、地底へ落下したグレイモア、モノクレードル、モノクラウンからどうみんなを守るのか……、考えろ。


 存続か絶滅か、猶予は一時間もない。




 大地の亀裂に、青色の光弾が押し込まれ、広がった亀裂が一気に大地を割った。


 蜘蛛の巣状に広がった亀裂は一瞬で、その後、バゴンッッ、と――、


 大地が真下の地下世界ごと落下した。



 地下は空洞だったわけではないのだが……、地下世界の通路が強度を下げてしまっていたのだろう。ぎちぎちに土や岩が詰まっていれば、亀裂だけで地下世界がまるごと落ちることはなかったはずだが……、しかし。


 地下世界で生きていた人間――、

 そしてグレイモアが空洞を作ったことで、耐えられなかったのだ。


 地下世界が落下し、地底世界の天井へ負荷がかかる――そして。



 とどめはモノクラウンだった。


 巨大な体が地上から落下し、

 多大な負荷が地底世界への入口をこじ開けた。


 真っ暗闇だった地下世界の空洞――。

 巨大な穴の奥に見える地底世界の光――。


 発展した大都市。


 そこへ――地上人、グレイモア、モノクレードル、モノクラウン……、


 崩壊した瓦礫の山が降り注ぐ。



 地底人は悲鳴を上げる暇もなかった。


 明るい天井を見上げ、落下してくる想像もしていなかった脅威を見ても、理解できなかったのだ――……夢?


 幻? なんにせよ、これを現実だと受け入れられたのは一体、何人だったのか。


 反射的に人命救助を優先できた者は――いなかった。



 降り注ぐものをどうにかしようと動いた者はいたが、相手がモノクラウンの巨体であれば、なにをしようが無意味だった。


 支えるために伸ばした魔法の手も押し戻される。


 魔法使いが百人以上も集まっていても、対処できない絶望的な状況……。


 なす術がない破壊の末路を、平和に浸っていた地底人が、見届けることになる――。



 ……歴史は繰り返される。


 地底人は再び壊滅的なダメージを負った……ただし、今度はグレイモアになったわけではない……地上人に全てを奪われたわけでもない……。


 敵はモノクレードルか? モノクラウンか……? 


 原因を言うなら、筆ペンだった。



 しかし動機は善意であり、復讐の繰り返しを止めたかっただけなのだ。


 どうしてみんなで仲良くできないのか? 


 ただ一点、それだけを解決するために――。


 地底人は地上人を恨むことはない。


 復讐の連鎖はここで途切れることにはなったが――、

 だけど、もう二度と取り戻せないものを多く失ってしまった。



 それは、人として、種として、

 再起できないほどの致命的なダメージだった。


 善意が悲劇を生み出した。


 全てを台無しにし、一旦、全てを白紙に戻すように……。



 筆ペンだからこそ――。


 手直しするよりも、上書きか、


 もしくは白紙から描き直した方が早いと思ったのだろうか――。




「(……ぶ、げほうぇ!?)」


 目を覚ましたマユサは、そこが水中だったことでパニックになった。


 じたばたともがいて水面を目指すが、どっちが上で下なのか分からなくなっている……、


 充分に酸素を取り込んでいなかったため、すぐに酸欠になってしまうだろう――。



「(まずい、意識が……)」


 目覚めたばかりで、すぐに意識が持っていかれそうになる……。


 そんな彼を救ったのは、首根っこを掴んで引っ張り上げた少女――。



「ここ、大浴場だから浅いはずですけど……、

 パニックになるとこんなことにも気付けなくなるものなのですか」


「君、は……うぇ」


「人の顔を見て吐かないでください。ティカです。

 ……今更ですが、あなたはマユサくんでよろしいですか?」



 大浴場の中……、ただし外壁や天井は崩れ、大きな岩が周囲に転がっており、一部の広い浴槽は破壊されていた。


 当然、中のお湯が流れ出てしまっている……。

 マユサが偶然、破壊されていなかった浴槽に落下したのだろう。


 落下の衝撃をいくらか軽減させてくれた……とすれば幸運だが、水中で溺れていたかもしれないことを考えると不幸だった、とも言える……、不幸中の幸いだった。



「……うん、合ってるよ。よろしく、ティカ――、ところでここは、やっぱり……」


「はい、地底世界に落ちてきたみたいですね」



 地上から地下を抜け、地底へ……――。


 地下世界よりも明るいのは、壁に流れている魔力の量が違うから、だろうか……。

 今は破壊されてしまったが、大都市があったのなら、多くの人間が住んでいた……。


 その人たちが魔力を流し続けていたのであれば、明るい光量で長く維持できることにも頷ける。


 だけど、大浴場の惨状を見れば、他も同じように破壊されていることも予想できる……。

 見ないようにしているが、瓦礫の下から滴る赤いインクは、きっとインクではないのだろう……。


 崩落によって、大都市の地底人は、大半が死亡してしまった、と考えるべきだ。



 いずれ、魔力の補充がされなくなれば、地底も真っ暗になるはず――。


 遥か高くにある地上の光が、ここまで差し込むことは期待できないのだ。

 この地底で、グレイモア、モノクレードル、モノクラウンの脅威と向き合いながら、安全地帯を作る……、


 それができなければ、弱肉強食のルールに則り、捕食される末路を辿ることになる。



「っ、みんなは!?」


「みんな、とは? 地上にいた人たちは同じく落下しているでしょうから、どこかにはいるでしょう……。まだ殺されていなければ、ですけどね」


「じゃあ、リオンがどこにいるのか知ってる!?」


「知りません。私が落下して見つけたのはあなたが最初ですから」



 大浴場から出たマユサは、ここが高い位置にある施設なのだと知る。

 広い町並みが見下ろせる場所だった――、


 見下ろしただけで『みんな』を見つけられるとは思っていないが、騒ぎの渦中にいる可能性が高いと絞れば、進む方向も限られてくる。



 歪んでしまった柵に手を置き、町並みを見下ろすが……、

 見えるのはモノクラウン、モノクレードル……、人間の姿など、どこにもいなかった。


 血痕があっても死体がないということは、既に捕食されてしまった後なのだろうか……。


 もしかしたら、リオンも……?


「ッ、大丈夫、リオさんも師匠だって――みんなが傍にいるはずだ!」



 不安を言葉で押し殺す。


 町並みを見れば分かる人口の多さにもかかわらず、人がいないとなれば、それだけの数が既に犠牲になっていると考えるべきだ……。


 だったらリオンだって……ワンダやマナだって……――、

 どうして身内だけが安全に逃げ切っていると考えられる?


 希望を抱いているだけだが、そう思っていないと立ち上がれなくなる。


「大丈夫、だいじょう――」


「――マユサっ、足下!」


 え。


 ぎゅっと瞑っていた目を開ければ、足下の地面から突き出てくる赤茶色の腕があった。


 その手の平がマユサの首を絞め――、その時、脆かった足場が砕けたことで、マユサと飛び出してきたグレイモアが一緒に落下する。


 一つ下の階へ落ちたマユサは、続けて真上から落ちてくる瓦礫に気づき、反射的に腕で頭を防いだ――が、マユサの上に馬乗りになるグレイモアが、その瓦礫を頭部に受ける。


 軌道が変わった瓦礫がマユサの横へ落ちる。

 視界に星が散ったのだろうグレイモアが一瞬だけ、ぐらり、とよろめいたが、持ち前の回復力ですぐに狙いをマユサに定める……。


 そこで、グレイモアが自身の足に違和感を感じて振り向いた。


 落ちた瓦礫が、グレイモアの足を潰していたのだ。

 ……引っ張っても抜けない。大きな岩である瓦礫を破壊するためには時間がかかる……――満足に動けないグレイモアは、迷った末にすぐ傍にいるマユサから、魔力を奪い取ることを優先させたようだ。


 意識をマユサに向けた瞬間――、


 緑色の拳がグレイモアを殴り飛ばす。



 瓦礫の下敷きになっている足首がブチブチと音を立てて千切れ、足首を失ったグレイモアが町の中へ飛んでいく。


 遠くで、巨体を持つモノクラウンの足に踏み潰されていたが、あんなことで死ぬグレイモアではない……。

 千切れた足首も、トカゲの尻尾のようにすぐに生えてくるはずだ。



「ぼーっとしているからですよ」

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