第34話 始まりのスターズ
唯一、まともな思考で彼女の正体を探ることができたのは……リオだ。
それでも、警戒よりも先に興味を優先させてしまうのは、ミスだろう――。
まさに今、目に見えてはいないが、喉元に刃を突きつけられている状態にもかかわらず、リオは防御どころか構えすら取れていないのだから。
そういう意味では、まともではなかった。
白い彼女の存在そのものが、リオですら狂わせてしまう力を持っていたと言える。
「シャロン様と勘違いしてくれるのは嬉しいですが、違います。……私はティカです。
アルアミカの姉弟子であり、アカネを師匠としています……今のところは」
「ふうん。でも、シャロンと無関係、ってことはないでしょ?
溢れているわよ。シャロンの血縁関係……、子孫かしら?」
「どうでしょう? ……くすくす。色の繭の中に長いこと閉じ込められていましたから分かりませんね。もしかしたらシャロン様が私の子孫なのかもしれませんね――」
「それ……は……?」
シャロン『様』、と呼んでいることに違和感があるが、年齢や時代など関係なく、その時点で年齢や立場が上であれば、呼称を変えることはあり得るだろう。
この時代で目を覚ましたリオのことを、『さん』付けする者がいれば、呼び捨てにする者もいるのだから。
生まれた時代が遥か昔だからと言って、現在の立場が変わるわけではない。
この時代に限れば、経験値がなければ初心者扱いされるのが普通である。
――たとえ。
シャロンが生まれた時代よりも遥か昔の古代……、もしかしたらもっと昔の、人類が生まれたばかりの頃――、世界を創造した『神』がはっきりと存在していた時代の人間……(?)だったとしても、この時代では初心者でしかない。
「っ、まさかね……」
だけど、神々しく見える、思わず膝をつきたくなるこの威圧と存在感は、じゃあなんだ?
「とにかく、隠しておいたシャロン様の筆ペンを探しているのですけど……、
まさかとは思いますが、誰かが持ち去って筆ペンに認められた? とでも……?」
「…………マユサ、が?」
「マユサ、という者が持ち去ったのですか?」
思わず口を滑らせてしまったリオが、バカかッ、と自身を責める。気が緩んでいたのか、彼女の威圧にあてられたのか……、意識し直してもやはり、口が滑ってしまう。
「師匠とアルアミカが相手をしているあの少年くんですか……。放っておいても回収はできそうですね……――、私が手を出さなくとも……いえ、しかしシャロン様の筆ペンが認めた以上、マユサという少年には『なにか』あると見るべきでしょうか……?」
回収するべきは筆ペンよりも――優先するべきは、マユサ本体……。
「――ところで、地底に興味はありますか?」
劣勢だった……、当たり前だ。
中途半端に道具の名前を認識させられたマユサは、文字を繋げることができずに苦戦していた。道具の見た目と名前が一致しないだけで、個別では認識しているのだ……。
ただでさえ戦闘中に色を判断し、文字を繋げる作業が大変なのにもかかわらず、そこに覚えたばかりの名前と見た目を一致させる作業が差し込まれる。
マユサは他の三人よりも、いらないはずの『ひと手間』が増えてしまっているわけで――、
アルアミカの猛攻をなんとか避けることしかできなかった。
……地面に転がる道具を見つけても、「あれの名前ってなんだっけ……?」から考えなくてはならない。
一瞬じゃない、数秒間もそこで思考が回ってしまう……。
時間をかけて答えが出ればいいのだが、考えても出ないことの方が多い……。というか邪魔をされる。アルアミカがマユサの魔法の強化を許してくれるわけがないのだから。
赤い光弾が地面を穿つ。衝撃に吹き飛ばされたマユサが、幸いにも大きな『クッション』に受け止められて無事だった……。
もしも刃が上を向いたナイフに落下していれば――と考えるとゾッとする。
散乱する道具の中には、普通に凶器も落ちているのだ。
それをそのまま使えば……と思ったが、そんなもの、魔法使いにとって脅威ではない。
当然、魔法の手で防がれてしまうに決まっている……。
だからマユサも同じことができるのだが、文字を繋げる作業と同時に、背中の魔法の手を操作することを器用にできるほど、慣れているわけではない。
並行してやってもどっちも上手くいかないだけだ。
だったら片方に集中した方が……――文字を繋げる作業を優先させたが、魔法の手を操作した方が良かったのではないか?
魔力消費は多いが、まだ戦えそうな気もする、けど――。
「なんで当たらないの!? 相手は初心者なのにっっ!!」
アルアミカはどうやら、光弾を当てるのは苦手らしい。なのにそれに固執しているということは、彼女の意地が諦めることを邪魔しているのだろう……。
マユサにとってもこれは好機だ……。
こんなにも戦いやすい練習台もいない。
「……あの子が苦戦している間に、早く名前と道具を覚えないと――」
その時だった。
マユサが持つ筆ペンから光が出た――光弾ではない。
そもそも青色でもなかったのだ……、自分の意思で出したわけではない光である。
緑色の線が、ある道具に伸びている。
まるで「そこへいけ」とでもナビゲートされているように――。
素直に足を進めると、意識しないでも筆ペンが色を奪った。
すると、今度は別の道具へ緑色の線が伸びている……。
同じように近づくと、その道具からも色を奪った。
……筆ペンがマユサを導き、戦えるようにしてくれている……?
「こんなこともできるの?」
できないだろう……いや、できるかもしれないが、してくれる筆ペンという前例がないのだから、分からない。筆ペンには意思があるとは言われているが、ここまではっきりと意思を示すのは初めてだ……。
マユサだから?
それとも、この筆ペンの元・使用者がシャロンだからか……?
指示通りに名前を繋げていったマユサは、気づけば誰よりも魔法を強化していた。今にも飛び出してしまいそうな青色の光弾が、マユサの背後に大きくなって出現している……。
ここまで膨らんでもまだ、緑色の線が別のルートを示している……、
今度は道具ではなかった。
地面にある、亀裂へ――その内部へ線が入り込んでいた。
その奥に、文字が繋げられる道具が落ちている?
「この奥……?」
「――見つけました、筆ペン!!」
マユサを呼び止めたのは、白い少女だった……。
マユサはまだ知らないが、彼女の名はティカである。
「その子を誘導してなにをしようとしているのですか……。
これがシャロン様の指示だとは思えませんね」
「あの……君、は……?」
「あなたは黙っていなさい。
私が話しているのは握っているその筆ペンです!」
筆ペンが喋るの? と思ったら、
マユサの手から落下した筆ペンが、自立し、地面に立っている……――え?
「なぜ今になって動きますか、星の欠片……——『スターズ』……」
魔法使いに握られることで力を発揮する筆ペンは、しかし、人間が生み出したものではない――。気づけば世界に存在し、誰もが当然のようにその存在を疑わずに利用していた。
それは筆ペンが魔力を通じ、違和感なくこの世界に馴染んでいたからだ。
出生こそ筆ペンが先だ。
この星が存在した時点で同時に生まれた『星の魔力』たち……。
その欠片が姿を持ち、人間に寄り添うことで筆ペンとして固定化された。
人間を利用することで効率良く力を発揮できる……、それだけのことだった。
別に、単独でも力を発揮することが、できないわけではないのだから――。
長い時を生き、そしてこれからも存在し続けることが確定している筆ペンたちに、目的というものがあれば、今だって単独で動いているはずなのだ……。
『目的』がなく、流されるように生きている星の魔力は、だから道具でい続けたのだが……。
少なくとも目の前の筆ペン――、
星の欠片である『スターズ』は、叶えたい目的がある。
「待っ、その亀裂にそんな大きな光弾を押し込んだら――地面が、地下が――ッ、地底世界までの隔たりが吹き飛ばされる!?」
つまり、だ。
地上も地下も地底も関係なく、全ての世界が統一される。
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