第33話 不慣れの策士
地下世界生まれの地下世界育ち。
限られた道具と食糧のみで生活してきたマユサは、ほとんどの道具を今、初めて見たのだろう……、形状から用途を推測できるかもしれないが、名前まで予測できるわけではない――。
名前が分からなければ『繋ぐ』ことができない。
色を奪えない……、魔法を強化できない――勝負にならない。
「……いや、でも『包丁』も『ナイフ』と言えば、『刃物』でもあるし……、勘違いでもいいから、マユサからすればテキトーにつけた名称でも、『それが正式の名前』だって認識させてしまえば、誤魔化して色を吸収できる……?」
やったことがないのでどうなるか分からないが、やってみる価値はあるだろう。
さすがに『ナイフ』を『パイプ』と誤認識しても、適応されるか分からないが……(パイプを知っているユイカだからこそ違和感を拭えないだけで、マユサからすればパイプでも充分に誤認できる?)――元々存在しない文字の組み合わせなら、なんとかなりそうな気もする。
ようはアナグラムでもいいが、ナイフでもイフナでもフナイでも、それが『刃がある手の平サイズの道具』とマユサが認識すれば、色を奪えて文字を繋げることも可能になる――……かもしれない。
もしもそれが可能なら、頭文字と尻文字をこっち側で操作できることになる。
繋がる文字を持つ道具を探すのではなく、誤認による名詞を生み出し、最速で近くにある道具を積み重ねることができる――、ただ、代償も、もちろんあるが。
(一回目はそれでいいけど、二回目からは誤認させた名前が正式なものになる。
いや、あらためて正しい道具の名前を教えてしまえば認識も書き換わるだろうけど……)
正式な名前を知っているユイカではできないことだ。
まだ名前を知らないマユサだからできること……、今しかできない初心者の特権だ。
「マユサっ、耳を貸して! 作戦があるからっ」
「え、分からないの? じゃあ教えてあげる。
あれが『包丁』――『ナイフ』とも呼ばれるね。
で、あれが『乳母車』、こっちが『椅子』、『チェア』でもいいんだよ。
あれが『杖』、こっちが『タル』、あっちには『靴』――」
すると、一つ一つの道具を指差しながら、小柄な赤髪の少女が教えてくれた。
「どれが分からないの? 分からない道具があるならあたしがぜんぶ、教えてあげるよ」
「マユサっ、やっぱり耳を塞いでっ、聞いちゃダメっっ!!」
「え、でも親切に教えてくれるなら、聞いた方がいいんじゃ……」
彼女――アカネの愛弟子(?)――アルアミカから悪意は感じられない。
本当に善意だけで道具を教えてくれているだけなのだ……。
ただ、道具の名前を認識してしまうと、別の『勝手に作り出した名前』が使えなくなる。
マユサだけが持っていたアドバンテージがなくなってしまった……。
善意を向けているが、こっちの戦略の一つを潰そうとアルアミカが教えてくれている……?
悪意が感じられなかったのは無自覚だからか?
それとも、指示を出したアカネが悪意を持っていて、それがアルアミカに伝わっていなければ、同じ状況が生まれるとも言える……。
しかし、アカネからもそういう意図は見えなかった――だから偶然だろう。
人の善意に「余計なことを……」とは言いたくないが、そういう気持ちだった……。
有利不利を失くすためなのだろうけど――、
その行動理由は、アカネらしいと言えば、そうだった。
「ユイカ師匠? 頭を抱えてどうしたんですか……」
「……正々堂々、戦うことになったな、って……」
「卑怯な手を使うつもりだったんですか」
「違うけど! でも、正面から戦ってもきっと勝てないからどうにかして、」
すると、道具の一つから色が奪われた……、アカネが動き出したのだ。
「リオやシャロンみたいな策士でもないおまえが、頭を使って考えたところで足下にも及ばないだろ。あの二人の近くで戦ってきたあたしとおまえが一番、よく分かってるんじゃないか?
仕掛けられ慣れているから、あのレベルじゃないといくらでも突破できちまうってさ。
……中途半端な策は自分の首を絞めるだけ……、慣れないことをするもんじゃない。
あたしらはどうせ、正面から堂々としか戦えないタイプのスターズだ……、そしてそれがあの二人にはない強みでもある……違うか?」
「とかなんとか、良いセリフを言っているけど、どうせ自分の土俵に上げたいだけでしょ!」
「良いセリフか? まあ、否定はしねえな。得意な土俵で戦えるならそっちの方がいいだろ。
相手の土俵で戦って苦労してまで、勝負に達成感が欲しいわけじゃない――。
知り合いだからって特別扱いはなしだ。大罪人の血統――でなくとも、同じ世界に住んでいた意志の伝染はここで断ち切っておく。……シャロンの邪魔はさせない」
「――右に同じく!」
アルアミカが筆ペンを振り上げ、色が吸収されていく――。
「さあ、戦うならペンを取れ。その気がないならペンを捨てろ……、
できるだけ痛みなく、グレイモアにしてやるからよ――」
「ない……ないないない!? これだけ道具があるのに、どうしてマユサが拾ったような別の筆ペンが見つからないのよ!?」
「普通は見つからないものなのよ。筆ペンはほとんどの魔法使いが持っているからありふれた道具のようにも思えるけどね、貴重な道具よ。
使用者の魔力を取り込んで機能を発揮する……、あの筆ペン自体にも特別な素材が使われているし……、意思がある。地面にいくつも落ちているようなものじゃないの」
道具を掴んでは投げ、掴んでは投げを繰り返しながら、リオンが筆ペンを探す。
戦場に出るためには必須の道具である。
ワンダのように度胸と技術でカバーできるならまだしも、子供のリオンが戦場に出るためには、筆ペンがなければ話にならない。
たとえ見つけても、手に取った勢いで戦場に出すわけにはいかないが……、
ただ、マユサを許可してしまった以上、リオンはダメ、とも言いづらい。
今までマユサを守ってきたリオンだ……、今になって『僕が守る』と言ったマユサの意志を尊重しながらも、しかし守られるだけの存在でいることは本能が許さないだろう。
じっとなんてしていられない。
せめて隣に立ちたいと思っている……、
そこが、リオンができる最低限の妥協だった。
「ねえっ、マナも一緒に探してよっ!」
リオンが叫ぶが……、
マナはワンダの傍で、別の作業に没頭していた。
散らばる道具を吐き出した細長いモノクラウン……、
道具を吐き出してから横に倒れ、それから動きがない……。
呼吸をしている動作は確認できたので、死んではいないのだろう……、
休憩中、だとすれば、近づいたワンダたちに気づいて起き上がる危険がある――。
だが、時間をかけて様子を見ても、モノクラウンに次の動きがなかった。
ワンダが体に触れても、モノクラウンは反撃どころか警戒もしていない。
……それどころではない状態か?
「この道具を吐き出すことに体力のほとんどを使ったのかもな……、この状況をセッティングするよりも、このモノクラウンで叩いた方が早い気もしたが……」
モノクラウンよりも魔法使いが直接、戦った方が確実だと考えたのか――?
それとも、道具を吐き出すこと自体が、目的だったとすれば……。
「――シャロン様の筆ペンを体内に隠しておいたんです。
最も見つからない場所だと思っていたのですけど……、まさかアルアミカが体内の道具を吐き出させるなんて奇行をすると思っていませんでしたし……。
師匠の手助けをするだけなら、戦いの舞台を整えるよりも、私とアルアミカが加勢すればそれだけで手助けになったはずなのに――」
「アルアミカのバカっ」と呟き、モノクラウンの向こう側にいた『少女』が壁のような体を飛び越えて、こっち側にやってきた。……白い少女だった。
額のところで一直線に切り揃えられた黒髪と、全身を覆う白色の衣服が、肌色を薄っすらと透けて見せてしまっている。
神々しく見える少女だった……。
年齢は、マユサやリオンと同じように思える……、にしては、大人びているか。
大人よりもさらに神聖な感じもしている……。衣服のせい、だけだろうか?
彼女の緑色の瞳がワンダたちを見る。
反射的に膝をついてしまいたくなる威圧が、彼女から発せられた。
「……シャロン?」
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