第32話 赤と青
…………そうだよ?
マユサの言葉に、リオンが首を傾げ、
ふっ、と笑ったマユサがリオンを抱きしめた。
「え、」
その時、違和感に気が付いた。
……マユサって、こんなに大きかったっけ?
体格だけじゃない。
近くで見ると、一回りも大きく見えた……。
「同じだよ。僕の宝が傷つくところを見たくない。だから守りたいって思ったんだ……。自分が痛いくらい、がまんできる。
別の人に任せられるほど、リオンの命を軽く見ているわけじゃない。僕の力で。僕自身の手で守らないと安心なんかできないじゃないか。
……居心地が良かったんだよ。僕を守ってくれるリオンは、ずっと僕を見てくれているって……、でもさ、それが不安に変わってきたんだ。
このままじゃあ、リオンは必ずどこかでパンクするだろうって……。弱い僕を見捨てる選択肢を、リオンは持っているんだって」
「そんな、こと……」
「ない? でもさ、分からないことを分からないままにしたら、いつまで経っても不安が消えないんだ。だったら――、僕が守ることでリオンを傍に置き続けることにした。
もちろん、リオンが離れることもあると思うけど……、それはリオンが僕に惹かれなかっただけなんだ。
やるだけやって離れていくなら仕方ない。守られるだけで、離れていくリオンに文句を言うクズにはなりたくなかった……、僕はさ、リオン」
抱きしめる手に力が込められた。
ん、と力を感じるリオンが、息を漏らした。
「……リオンのことを、独占したかったんだよ……」
その言葉に。
隣にいたリオが――、手に持つ筆ペンを落としそうになった。
かろうじて掴んではいるものの、
気を抜けば落としてしまいそうなほど、指に力が入らなくて……、
(あれ……? なんで、こんなにショックを受けているんだろ……)
分かってる。
だけど……。リオ自身、分からなくなっていたのだ。
ユサに惹かれ、彼に似たマユサにユサを重ねて気に入っていた。彼と触れ合っていくことでマユサ自身に惹かれていくが、結局のところユサの延長線上に、好意を抱いているのであって、マユサではなかったのではないか――。
だけど、マユサがリオンを選んだことで、リオはショックを受けている……。
ショックを受けているなら、リオはユサではなく、マユサに惹かれていた……?
でも、もしもユサとマユサがこの場にいれば、ユサを選んでいたのは確実だ。
ユサの代用として、マユサを見ていただけ――。
――本当に?
(でも……答えなんて出てるじゃない。ユサはもういない。マユサはリオンを選んだ……なら、どっちかの答えを出したところで、アタシは負けた側の人間だもの――)
負けた……。それが分かって、初めて自覚できたというのは、彼よりも大人としてどうなのかと思ったが、リオだって『これ』に関しては初心者である。
最初から完璧にできるわけがない。
たぶん、こういう経験を重ねて、分かっていくのだろう……。
自分なりの方法を見つけ、もっと良いやり方を作り出して――欲しいものを手に入れるのだ。
マユサではない誰かを。
……今のところ、その光景を想像することはできなかったが。
いずれリオも、他人にアドバイスできるほどの熟練者になるはず――。
彼女だって、スターズと呼ばれるまではただの一、魔法使いでしかなかったのだから。
それと同じで――。
マユサも、次世代の『スターズ』と呼ばれる存在になるかもしれない。
「リオン。だからいかせて。僕に、リオンを守らせてくれる?」
「…………うん」
熱に浮かされ、ぼーっとしているリオンが素直に頷いた。
マユサが意識させた『独占』という言葉に、リオンの全てが持っていかれたのだろう……。
今ならなにを言っても、彼女なら頷きそうだった。
それにかこつけて無理難題を吹っかけるつもりはなかった。
しおらしくなったリオンに表情が緩むが、マユサは気を引き締めて、彼女を離す。
師匠であるリオへ、視線を向け――、
「ユイカさんの手助けにいってきます、師匠!」
リオは彼を止められなかった。
きっと、今が一番、彼にとって調子が良い。
――とん、と背中を押して渡されたリオンを抱きしめる形で受け取り、視線を上げたところで、既に目の前にマユサはいなかった。
一言、二言のアドバイスをしたかったのだが……、必要ないか。
ユイカがいる。
教える、ということが得意ではないだろうが、リオのように丁寧に教えるよりも、ユイカのような、ざっくばらんなやり方の方が考える力が身に付く。
分かりやすい言葉で飾らない教え方は、分かりにくいに突出するのだが……。
ただ、言われた通りにやって、その通りにできるなら優秀だが、それ止まりだ。
教え方が下手な師のアドバイスの不足分を自分で考え、師の想像よりも上をいく方が、生徒としては優秀以上の天才になりやすい。
師がポンコツな方が、弟子は成長しやすいのだ。
「はっ!? ――マユサは!?」
胸の中で正気を取り戻したリオンが、マユサを探すが――、彼は戦場へ出ていった後だ。
「さっき見送ったばかりだけど? それとも呼び戻す? 過保護なお姉ちゃん」
「…………いい。マユサの成長を、喜ぶべきなんでしょ? 姉ならさ……」
「弟離れ? ユイカよりはマシね」
「過保護な姉でい続けることも難しいでしょ」
『姉として大好き』と、
『異性として大好き』は、また違う。
リオンは……、その線を越えてしまっている以上、姉とは言えない。
でもその点、ユイカはまだ姉でいられている。
ユサのことが好きだけど、弟以上の意味はないのだから。
それは、リオでさえ見てて分かる。
「ねえ、ご先祖」
「なあに、子孫ちゃん」
瓜二つの顔を持つ二人だが、片方が勝者で片方が敗者だ。
勝敗の差は、傍にいた時間――。
だったらそれって、これから積み重ねて巻き返すことも可能なのでは?
「マユサが持ってた筆ペン……、
あれ、わたしも見つけたら同じことができるの?」
ユイカの隣に立ったマユサ。
目の前にはアカネと、彼女の愛弟子(……否定されているみたいだが)であるアルアミカがいる。偶然にも赤と青の陣営で分かれてはいるが、本当に偶然だったのか……。
もしかしたらこうなることは決まっていたのかもしれない……。
色の違いというのは、分かりやすい区別の仕方だろう。
「マユサ、戦い方は分かるよね? 簡単だよ、足下に散らばってる道具の名前の最後の文字から、別の道具の頭文字に繋げて色を奪っていくの……『しりとり』と同じだよ。
属性色とは別の色を筆ペンに吸収させて、積むことで魔法が強化されていく……青色、赤色、黄色、紫――みたいにね。
青色から始まり、途中で青色に戻ってこないと筆ペンに溜まった魔力を『魔法の光弾』として攻撃に転じることはできないから気を付けて!」
最低限の説明を早口で説明するユイカだ。
彼女にしては簡潔な説明だった……、
パニックになってさえいなければ、筆ペンと魔法と道具の仕様は誰でも理解できるだろう。
元々、難しいことをしているわけではなかった。
『しりとり』さえ分かるなら躓くことはないだろう……、
そう、しりとりさえ分かっていれば。
「ユイカさ……じゃなくて、師匠、あの、分からないです……」
「どこが!? 説明が!?」
説明下手という自覚があるためか、ユイカが自分の説明に不足部分があった、と思い込んでいる。完璧ではないが大半のことを説明しているのだから、これ以上の説明となると仕様ではなく戦術に踏み込むことになるが……。
そればかりは手早く済ませることはできない。
まさか戦術を敵の目の前で明かすわけにもいかないし……。
分からないところはどこなのか、それさえ分かればユイカも説明できる。
下手とは言え、分からないことの答えをぽんっと出すだけなら、下手でもできるだろう。
長文にさえならなければ、短くばしっと答えられるはず。
「足下に散らばってる道具のほとんどの名前が分からなくて……――」
「…………え」
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