緑の章/地底の国とネクスト・スターズ

第31話 スタート地点

 モノクラウンの体内から吐き出された道具の中に、『それ』があった。


 ――筆ペン。


 魔法使いが持つ、色を奪い、魔法を扱うために必要な道具だ。


 色を奪う時は必須となるが、背中から生み出せる『魔法の手』を出現させるだけであれば必要がない。


 ……目安、として利用している魔法使いがほとんどだろう。


 たとえば魔法を向ける『照準』に利用する、など――。

 その形をしているとは言え、自分の腕を動かすのとは、やはり使い勝手が違うのだ。


 慣れるまでは筆ペンを使って、傾ける方向への目安にし――、ただ結局、そのまま筆ペンの照準が『ある』前提で動かすことに慣れてしまったために、筆ペンが手離せなくなったのだ。


 同時に色を奪うことが多いので、筆ペンを持たない、使わない機会の方が少ないが――、

 そんな筆ペンが、地面に落ちていた。


 モノクラウンに飲み込まれた魔法使いがいたのだろうか……、それとも、モノクラウンを手懐けていた(?)、頭の上にいた少女の持ち物だったりするのだろうか――。


 ただ、彼女は既に自分のものを持っているし、彼女の筆ペンではない……、なら。


 見つけたマユサが、勝手に持っていってもいい、ということになる。



「……今更だよね」


 地上にあるものを奪っていったことなど何回もある。モノクレードルの毛皮、食糧……、それらを勝手に持ち去ったらダメだったのだとしたら、一体どれだけの数を申告すればいいのか。


 生きている以上、地下世界にないものを奪うしかない生活だったのだから――仕方のないことだった……。それが理由で罪人だと言われたら、否定もできない。


 だけど。


 奪って生きてきたことを、間違いだったと言うつもりはない。


 死ぬことよりも間違った選択があるのか?



「マユサ……なに持ってんの!?」


 マユサの手の中にあるそれを見て、リオンが手を伸ばす。


 咄嗟に、奪われないように身を引いたマユサが、ぐっと力を入れたことで背中がむずむずと、未知の感覚を得た。


 筆ペンをリオンから遠ざけた、その方向へ――、


 青色の魔法の手が、広がるように出現した。



「え」


「あっ」



 ――目安。初心者であれば、魔法の手を背中から生やすだけでも感覚を見つけるまでは苦労する。魔力を手の形にして背中から翼のように出せばいい、と説明すれば簡単だが、それがチャレンジ『一回目』でできる方が珍しい。


 翼を持っているなら簡単だったかもしれないが、生憎と人間は翼を持っていない。

 翼を生やすような感覚など知らないのだから、それを目指してもなかなか難しいのだ。


 だけど、筆ペン……、筆ペンでなくとも、長い棒状のものであればなんでもいいのだが、魔力を生み出す方向を『筆ペン』の向きや、槍を突き出したような動きでイメージを作ることにより、魔法の手を出現させやすくする。


 これによって、魔法の手を扱えるようになった魔法使いが多くなった、というデータがきちんと取れているのだ。


 初心者がスタート地点に立つまでの方法としては、これ以上の近道はない。



「出た……、リオさんが持ってる、魔法――」


「青色……か。やっぱり弟なのね……」


 血縁関係がなくとも、属性色は個性なので、青色であってもあり得るのだが……、ユイカの弟のユサに瓜二つであるマユサの属性色は、決まって青色だと思い込んでいたリオだ。


 彼の師を名乗るからには――彼の属性色はできれば『黄色』であってほしかったが……、

 属性色が違うからと言って教えることが変わるわけではない。


 青と黄色を宿す道具の記憶……、その中身が変わるくらいか?


 ただそれは、『カラフル・スター』を利用するなら、の話だ。



 魔法の手を操作するだけなら、名前を繋げる知識も、道具の位置を把握し、記憶する方法も教える必要はない……——が、いつの時代も必須の技術ではあるのだが。


「マユサ。魔法が出現したようだけど、だからって自分が強くなったなんて思わないようにね」


 嬉しさのあまり突撃されても、そこに技術が乗っていなければ手ぶらで戦場に立つのと同じことだ。力があるということは、力がない時よりも緊張感が薄くなる。


 武器を得た途端に狩られるなんてことは珍しくもない。


 ――油断が生まれる。


 今のマユサこそ、最も危険な状態だ。



「はい……僕は弱いままです。

 魔法が使えるだけで、それ以上になったわけじゃない」


 マユサは自覚していた。自分は踏み出したばかりだ――、前に一歩、進んだだけで、守られていた立場から、自分が守る側に立っているなどと勘違いはしない……これからだ。


 これから。


 リオンとマナを守りたい……、そのための武器を手に入れた段階である。


 マユサはまだ、なに一つ、成し遂げてはいないのだから。


「分かっているならいいわよ」


「いいわけないでしょっ、まるでマユサが戦いにいくみたいなこと……ッ」


 リオンが、マユサが持っている筆ペンを奪おうとする。それさえなければなにもできないだろうと思っているようだ……、初心者のマユサからすれば、やはり失えば痛い道具である。


 リオンの手から逃れようと距離を取るマユサだが、その反応が、リオンを苛立たせる。


 二人でその場をぐるぐると、まるでダンスでも踊っているかのような攻防だったが、この場ではマユサの方が有利だ。


 マユサの頭の上から伸びた青い手が、リオンの首根っこを掴んで彼女を持ち上げる。


「なっ!? ちょっ、マユサッ!!」


「なんか、変な感覚だ……」


「自分の手でつまんでいるような感覚がするでしょう? だけど両手が開いているから別のことにも使える……、不思議な感覚よね。慣れるまでは違和感があるわよ」


 意識を両手に向けると、マユサの目の前でリオンが「いだ!?」と落下していた。


 気づけば魔法の手の力が緩み、リオンを離してしまっていた。


「ごめんリオンっ! 膝、怪我してない!?」


「捕まえた」


 近づいたマユサの手から筆ペンを奪うリオン。あっ、と声を上げたマユサだったが、彼の肩に、ぽん、と手が置かれ、見れば隣にはリオがいた。


 彼女は肩をすくめ、


「筆ペンはマユサを所有者と認めた……、魔力を記憶しているからね。別の人の手に渡っても、自然と筆ペンの方から帰ってくるわよ。

 ま、厳重に拘束されていると難しいけど、子供の力で握られたくらいじゃあ、止めることなんてできないわね」


 リオの言う通り、リオンの手に収まっていた筆ペンが小刻みに震え出し、驚いたリオンの手の中からすぽんと抜けて飛んでくる。


 マユサの手を目指して飛んでくる筆ペンを、自然と握っていたのは、手と筆ペンが紐付けされているからなのか。


 魔力という糸で繋がっていたように――、


 それを辿って筆ペンが帰ってきてくれた。



「ぐ、ッッ」


「諦めなさいよ。マユサが戦うって決めたんだから、応援くらいしてあげたら?」


「勝手なことを言うなっ! マユサが……あの弱虫で、優しさだけが取り柄のマユサが、戦えるわけないでしょ! 人を傷つけることで自分も傷つくくせに……っ!

 そんなマユサを見ていられるわけないじゃないの!!

 マユサはわたしを頼っていればいい……、わたしに泣きついて、黙って守られていればいいのに――どうして自分から苦しい思いをするのよぉっっ!!」



「……僕が助けを求めて、傷つくのはリオンだから」


 ずっと、見てきた。


 自分が痛みを避けてきた裏で、同じ痛みを受けているのはリオンだった……。

 リオンが笑っているから大丈夫なんだ、と勝手に思っていたけど、そんなわけがない――痛いに決まっている。


 苦しいはずなんだ。

 マユサのように、口に出しては言わないだけで――。


 リオンだって、できれば逃げたかったに決まっている。


 望んで痛みを受けたいだなんて、言うはずがないだろう――。



「それとも痛い思いをしたかった?」


「そんなわけ――、……ええ、そうね、マユサの代わりならいくらでも――」


「僕を守りたい理由が、リオンにあるの?」


 当たり前のことをいまさら聞いてくるマユサに苛立ち以上に怒りを覚えた。

 ……守りたい理由? 苦しんでいる姿を見たくない理由がなにか、なんて――。


 当然のことをここで答えなければいけないほど、察しが悪いのだろうか?


 マユサの言い方は、まるで、『僕が傷つこうとリオンには関係ないでしょ』と言っているような……。それはあまりにも……、冷たいセリフだった。


 家族なのに……他人のような距離感。


 リオンがいくら想っていても。


 マユサにとってはその程度だった……?



「大切な、人だから……」


 家族だ。弟だ。物心ついた時から、自分の後ろにいて、自分が手を引き、泣いていたマユサを安心させるのは、リオンの役目だった。


 マナでもなければワンダでもなく……リオン。


 彼女にしかできない、特権――。



「わたしの宝物が傷つくところを、黙って見ているなんてこと、できるわけないでしょ!」



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