第30話 次世代の魔法使いたち

 ……本来、道具とは用途に合わせて置いてある場所が違う。


 教室であれば文房具類――、

 たとえば食材や調理器具であれば調理場など。


 工具や大道具は倉庫にあるなど……、

 ある程度は、いる場所によって予測できる道具が決まっているのだが……、


 今、モノクラウンから吐き出された道具は、ほぼ全ての道具と言ってもいいだろう。



 砂の上に落ちているのは文房具であり、調理器具であり、工具であり――。


 普段、隣にあることが滅多にない道具同士が置いてある……。


 場所の距離があるとなかなか繋げられない道具同士でも、

 こうして隣に並べられていると、「あ、これとこれって繋がるんだ」という発見にもなる。



『包丁』から『乳母車』、『マヨネーズ』――『頭蓋骨』……、


 無作為に落ちている道具を瞬時に判断して、色を奪う。


 今は使えないと思っていても、後々に使えるかもしれないから場所を覚えておく――という戦略も、変わり映えしない景色の中で、しかも同じように落ちている道具となると、記憶をするのも一苦労だ。


 もしかしたら、意識して忘れて、毎回、ゼロから探した方が効率が良いのかもしれない……。


 いや、効率云々よりも、いちいち覚えているのが、疲弊するだけなのだが……。



「あと少し……っ、次で青色を」


 順調に色を重ねていたユイカが、攻撃に転じるために属性色を求めた時だった。


 場にある青色を探すが、しかし、見える地面の面積の方が少ない場なのにもかかわらず、なぜか青色だけがなかった。


「そう言えば、学園祭の時も同じ方法で邪魔したんだっけかな……ユイカ」


「っ、やっぱりあの時のあの偏りは、アカネのせいだったんだね!?」


「やっぱりって、嘘つけ。たぶんおまえはリオをまず疑っただろ」


「そんな昔のこと、覚えてないし!」


「あたしの前でよくそれを言えたな……」



 百年前、とは言え、ユイカからすればつい先日のようなものであり、アカネからすればおよそ十年前である。


 当然、ユイカの方が記憶に新しいはずだが……。


「疑うと言うなら全員を疑ってたよ。だってあの時は対戦相手だったし」


「まあ、そうか……やらなさそう、ってイメージがあっても、じゃあ『やっていない』にはならないわけだしな」


「そういうこと。……だからアカネが犯人でも、やっぱりねっ、って言うよ」



 場から弾かれた青色は、少し遠いが、消えてなくなったわけじゃない。


 まとめて後ろに投げ飛ばしたように、遠くの方に青色の道具が集まっているのが見える――。


 色を奪いにいくには時間がかかるが、だけど青色を意識して弾いていたアカネは、色を重ねていない。今から彼女が色を重ねて、筆ペンを強化する時間と、ユイカが青色を求めて移動する時間は、ほぼ同じくらいではないだろうか……。


 速度勝負だが、移動をすればいいだけのユイカの方が、有利な気がする……。


 だから判断を素早く。


 青色を求めて駆け出したユイカの側面から――、赤色の光弾が衝突してきた。



「ばっ、があ……ッッ!?」


 意識が前にあったために、横への警戒をまったくしていなかった。


 まさか強化された魔法の光弾が飛んでくるとは思っていなかったために、完全に虚を突かれた。衝突したのは腹部だが、まるで顎を揺さぶられたように全身の力が一気に抜けてしまう。



「……アカネ、じゃ、ない……?」


「ああ、悪いな。指示を出したわけじゃないんだが、あたしの弟子が勝手に手を出しただけだ……。知っていながら止めなかったあたしも悪いが、まあ、卑怯だなんて言うなよ?」


「えー、ししょーがたくさんの青色を弾いた段階で、愛弟子のあたしに攻撃を任せたようなものだと思ったんですけどー」


「愛弟子じゃねえよ、弟子だ。

 言っておくが、おまえはあたしの教え子の中でも及第点ギリギリの成績だからな?」


「及第点ならいいじゃん」


「かなりおまけをして赤点じゃねえってことを自覚しろ、このバカっ!」



 師匠と弟子のじゃれ合いを横目に、ユイカが体力回復に努める……。


 今の一撃で、せっかく重ねた色が相殺されてしまった。

 また一から積み直しである。


 二回目だから手早くできる、とも限らないわけで……。

 苦手だからと言って、道具の場所を覚えていなかったのがここで障害となる。


 ジャンル分けされていない道具を、また初見で繋げる作業をしなければならない……、

 しかも二人の魔法使いよりも早く、だ。


 青色が集まっている場所が分かっているだけまだマシだが……、

 しかし、単純に二対一である。ユイカの不利には変わりない。


 せめてもう一人……、願わくば、リオがいれば――っ。


 いや、リオでなくともいい……、

 魔法が使えるなら、誰でもいいから……。



「一人じゃ、抱え切れない……っっ」




 砂を被った、汚れた筆ペンを手で払いながら。


 ……かなり年季が入っている。古いタイプの筆ペンだろう……——古い、と言っても機能に差はないはずだ。できることは同じなのだから……。単純なデザインの差だった。


『彼』が持っている筆ペンは旧型だが、ユイカとリオが持っているものと同じものである。



「……マユサ……? ッ、ダメッ、誰でもいいとは言ったけど、マユサじゃ」


「役不足なのは分かってる。

 でも、だからってなにもしなかったらずっと、僕にできることは増えないじゃないか」


 守られてばかりで。


 逃げてばかりで――諦めてばかりで。


 その上で挑戦することまで封じられたら、マユサは八方塞だ。


「魔力を持っているなら誰でもできるんでしょ? ……あんな小さな子でも、ユイカさんやリオさんと同じことができているなら……僕にだって可能でしょ?

 才能が必要かもしれない、センスが不可欠なのかもしれない……、そのどちらも僕にはないかもしれないけど、できないわけじゃないはずだよ。

 不可能じゃないなら、やってみる。最初からダメだって諦めるのは、もうやめる。無謀でもさ、やってみてダメだったって分からないと、この手にある未来を捨てることはできないよ」


 ユイカが見たのは、マユサが持つ筆ペンが、青色に染まっていくところだった。


 ……ユイカの弟の、ユサの子孫だからか……属性色が同じなのだろう。


 同じなら、やはり誰もが、『ユイカが適任』だと言うだろう。



「……私を師匠と呼ぶ気が、あるの?」


「え、っと…………師匠は、リオさんなんだけど……」


「なんであっちなの!? というかリオっ、いるの!?」


 グレイモアの足止めから戻ってきているならなによりだ……。

 だが、先にマユサに唾をつけたのはちょっと納得いかない。


 というか、戻ってきているなら早く加勢をしにこいよと文句を言いたいが、リオにはリオの考えがあるのだろう――。


 たとえそれが、ピンチのユイカを泳がせることだったとしても、その上でこっちが得する策があるなら、全面的な否定もできない……。


 とにかく文句は保留だ。


 最終的に結果が出た時に、言うか言わないかを決める。


 勝てば正しかった。負ければ間違いだった――、

 先が読めないユイカは、そこでしか判断することができないのだから。



 ……だけど、確実だ。


 足りない頭で出した予測で、仲間を非難するのは最悪だ。


 結果が全て。


 そして、リオなら必ず、正しかったと思える結果を出してくれる。



「分かったよ、マユサ」


「……っ、じゃあっ」


「うん、戦い方、教えてあげる。師匠って呼び方がリオのものなら、私のことは『お姉ちゃん』と呼ぶように! 少なくともユイカ『さん』って呼ぶことは許さないから!」


 戸惑ったマユサが振り向くと、リオが口を動かした。


 声はなく、口の動きだけで……。


 あ、はい、と、理解し、頷いたマユサが言った。



「じゃ、じゃあ……ユイカさんを、『師匠』と呼ぶことにします……。

 リオさんは、リオさんのままなので……」


「私のことを『お姉ちゃん』と呼ぶことがそんなに嫌なの!?」


「嫌、ってわけじゃ……」


 マユサが考えた末に、



「だって――僕はマユサであって、ユサではありませんから」



 そして、その言葉が最も心に突き刺さったのは、リオだった。

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