第29話 モノクラウンと地底の子供

 ……アカネが放った赤い光……。

 あれは、しかし、でも……——色を重ねた後で放つことができる攻撃のはずだ。


 自身の色から始まり、別の色を挟んで、再び赤色へ戻ってくることで放つことができる強化された攻撃のはずだが……しかし、どうして?


 名前の最後の文字を繋げる以前に、世界にある色が限られているはずだ!?



 リオが見つけたのは――赤だった。

 インクの赤ではなく……、

 アカネは自分の腕をナイフで切りつけて、赤い血をインクとして利用していた……――っ。



「属性色が赤なら、血液で代用できる。インクがあるならそれに越したことはないが、最悪、身を削ればどうとでもなるんだから便利だよな」


「……っ、名前の、繋ぎ方、は……」



「限られた物しかないなら繋げ方はパターン化する。おまえだって場を見て繋げる方法くらい見えるだろ? 同じだよ。

 血と、あたしが持ってる別の色のインクで着色すれば、数回くらいなら高威力の攻撃を撃つことができる。弾切れになる前におまえを倒せばいいだけだ」


 本来、物には元々の色が宿っているが、無色となっている物にはインクを落とすことで着色することができる。


『岩』を対象にすれば、赤でも青でも黄色でも――望んだ通りに染められる。


 染めた後は……以前、ユイカがしたように、パターン化している道に沿っていけば、最低限の強化ができる。


 血、というアドバンテージがあるアカネは、自身の属性色にすぐ戻ることができるため、ユイカよりも軽快に動くことができるのだ。


 上書きはできないが、それでも無色を着色できるインクを持っているのは強い……、

 血でもインクと変わらない魔力の塊だ。


 誰もが持つインクは赤色になるのだが、それが属性色かどうかでまた戦況が変わるのだ。


 たとえ持っているインクが切れても血がある。


 気絶しない限りは、何度でも補充ができる大量のインクなのだから――。



「懐かしいってわけじゃないからな? 『カラフル・スター』……」


 ユイカにとっては身近なものだが、この世界で考えると百年前……――スポーツとして確立したのがその時代だが、色を奪い、魔法を強化する技術自体はもっと昔からあったのだ……、


 ——二百年も前から。


 そしてこれからも――、


 技術は廃れることなく後世に伝わっていく。



「今も、あたしの教え子たちが切磋琢磨して力をつけてんだよ」


「……え、アカネ、先生なの!?」


「おかしいか? あたしは教師なんて向いてねえってか?

 まあ、最初は顔の刺青に怖がられて困ったもんだったが――」


「シャロン以外、どうでもいいって感じじゃないんだ?」


「……いないんだからしょうがないだろ。シャロンが起きるまでの暇潰しで、」


「シャロン、いないの?」


 思わずこぼしてしまった失言に、アカネがはっとして口を手で塞ぐが、遅い。


 ばれたのがユイカであれば、問題はないように思えたが……、


 この場を観察する者の中に、いるのだ――リオが。



「へえ、シャロンは封印されているのね……。

 アカネの単独行動なら、外部からの影響を警戒する必要はないのかもねえ」


 それでもまったく、度外視するわけにもいかないが。


 常に外を集中する必要もなくなったわけだ。

 ……本当にアカネが単独で? という疑いは、完全には拭い切れないが、潜んでいるのがシャロンでないと考えれば、まだマシだ。


 ここでユイカと協力してアカネを討つべきか?

 場に物が少な過ぎる気がするが、強化した魔法の撃ち合いに固執することもない。


 魔法の拳を利用する戦法も織り込んでいけば――。



「インクっ、いくつかもらえる!?」


「…………」


「ワンダ! 貸してくれるの、くれないの!?」


「待て。……モノクレードルの気配がないにもかかわらず、なんだ……? 滅多に縄張りから動こうとしないモノクラウンが、動いてるのか……? 振動が、近づいてきてる……」


 振動は確かに感じられるが、足が踏み込まれるような振動ではなかった。


 ずしんっ、ではなく、ずるずる、と、なにかを引きずっているような振動の仕方で……。


 やがて、大地を削る音が聞こえてくるようになる。


 不明瞭な視界がさらに不明瞭になっていき……、それが、下から舞い上がった砂煙だと分かった時、薄い膜のカーテンを突き破って出てきたのは――


 ――モノクラウン。


 体の側面、波線の形で体の先まで(体の最後までまだ見えていないが)伸びているその色は、緑だった……。

 このモノクラウンが持つ色は、シャロンの属性色である緑……。


 シャロンは封印されている、と聞いていながらも、シャロンを警戒してしまう。


 さすがに彼女でも、モノクラウンを手懐けているとは思わないが――。



「え……モノクラウンの背中に……人!?」


 一瞬、本当にシャロンかと思ったが、明らかに小さかった。年齢を言えば、マユサやリオンと同い年くらいの小さな人影が、モノクラウンの頭の上に立って、



「ししょーっっ、たすけてほしい――――っ!?!?」



 少女だった。赤髪の。


 首の裏で結んだ長い髪を持つ、小柄な女の子が、アカネを『師匠』と呼んだのだ。



「あ、アルアミカ……っ!?」


「きちゃった。でもねー、いこうって言ったのは『ティカ』だからねっ」


 そんな風に責任逃れをした少女が、アカネと同じ赤い色の魔法の手を背中から出して――。


 振り上げたその拳を自分の足場であるモノクラウンの頭に落とし――、


 場にいる全員がゾッとしたが、モノクラウンはそれが合図だと判断し、異常に膨らんだ腹部を作って、その塊を上へ移動させた。


 そして、モノクラウンが大きな口を開けて、上がってきた『それ』を吐き出す。


 緑色の液体と共に空中に撒き散らされたのは……、

 ユイカたちが見慣れている、生活でよく見る道具たちだった。


 学園の中にある物から、家にある物……町にある物まで――、色々な場所から『いらない物』をかき集めて、それを詰めた袋を空中で破裂させたような……。


 そう、袋から溢れた道具たちが、この無色の世界に落ちてきたのだ。



 一気に色が増えた。


 舞台に物が設置された……――つまりだ。




 ―― ――



 雨のように降り注ぐ道具たち……。


 だが、あまりにも多過ぎる道具に、ユイカは繋げられる選択肢の多さに迷いが生じてしまう。


 思いついたルートに確信が持てない。もっと良いルートがあるのではないか……、なんて考えている内に、相手の行動を許してしまう。


 恵まれた環境は欲が出る。頭が良いわけでもないのに……。


 最善で効率的な方法を模索してしまうのは、ユイカの役目ではない。



 目についたものから、片っ端から試してみるべきだ。


 効率なんて考えても上手く扱えないだろう……、ユイカがするべきことは、とにかく他の色を重ねて、戻れるタイミングで青色を筆ペンに吸収させることだ。


 駆け引きをしたら勝てる勝負も勝てなくなる……。


 向いていないことはすっぱりと諦めるべきなのだ。



 だって、そういうことは、リオの分野だろう?

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