第28話 リオとマユサ

「けどよ、やる気だけで生き残れる世界じゃねえぞ。……ぶっつけ本番になっちまうが、この危機を抜けるためにお前の根性も頼るからな? 寸前で『やっぱり無理』とか言うなよ?」


「い、言わないよ!」


「ダメならわたしが代わりにやるから大丈夫だよ。安心してマユサは諦めて」


「リオン!? どうしてそう僕のやる気を削ごうとするのさ!?」



 心配そうなマナ、そんな彼女の頭を撫でるワンダ――。


 腕を組んでマユサに詰め寄るリオンと、

 彼女の攻めにたじたじになっているマユサ……——これが家族。



 互いを想って行動し、それぞれの意見を尊重する者たち。


 これが、家族と言えるものなのだろう……。


 たとえ血縁関係がなくとも、ここまでできれば家族である。


 ……であれば。


 血縁関係こそあれ、

 実績でしか人を見ていなかった家族は、家族と言えるのか?


(うちのあれは、家族じゃないわね……。

 ブランド会社の社員みたいなものかしら)



 分かりやすい。

 冷たいが、優秀なほど優遇される。


 慣れてしまえば過ごしやすい環境だが、幼少期に過ごすのはきつい世界だろう。


 愛情などなかった。


 ……



「――リオさん?」


 マユサに話しかけられ、ドキッとした。だがそれは、熟考している最中に声をかけられ、はっとする現象に近い……。近いというか、それだろう。


 他にドキッとする要素がどこにあった?


 リオがぼーっとしている間に、話が進んでいたらしい。


 リオンがワンダに伝えたのは、アカネが発した情報だ。



「……大罪人、か……。俺らよりも上の世代は、そうかもな」


「ワンダくん、知ってるの……?」


「盗み聞きだから確証はねえが……、地底の国で罪を犯した奴らが、逃げた先の地上では生きられないから、中間の地下で住み始めたってことだな。

 それが何十年と続いたことで、ここ地下世界も町に似た規模で機能し始めたってことだ。最近は住処の範囲が決まってるからな、互いの場所を奪おうとする動きはなかったが……。

 単純に、広過ぎる地下から他の家族を見つけることが難しくなっただけだろうぜ」


「じゃあ、僕たちも、大罪人……」


「は? ちげーだろ。俺らがなにかしたか? 人殺しか? 窃盗か? したこともねえことを『やった』だの『罪』だのと言われる筋合いはねえな。

 言われるだけならいいが、それで俺らが罪を償うために罰を受ける必要はねえ。生きているだけで罪だと言うなら、そんな法なんか知ったこっちゃねえだろ」


 アカネは地底の国で定められた法を出している。

 地下世界で生きているマユサたちには適応していない……、たとえ元・地底人だったとは言え、現時点で国に守られていない限り、国が定めた法律を守る必要だってないのだ。


 だからアカネの言い分はただの私怨……。


 正義感……? それも結局、後に見える私欲に塗れたものだ。


 そんなことのためにこっちの日常が脅かされてたまるか。



「俺らには関係ないことだ。今ある生き方で精一杯、生きているだけだしな。

 だから罪の意識を感じることなんかねえんだよ――マユサ」


 ワンダがアカネを指差し、


「あれは俺らの生活を脅かす、敵だ。

 人間で女だからって、情なんか持つなよ」



 マユサがアカネをちらりと見る。


 青い拳に殴り飛ばされた赤い髪の女性が、砂に突っ込んでいた。

 ……数秒後に、赤い手の平と共に砂の中から出てきた女性の顔は、刺青のせいもあるが、鋭い目つきと、睨んだだけで人を殺せそうな迫力があり……――鬼の形相である。


 ぎょっとしたのはユイカも同じだったようだ。

 アカネの怒りに、殴った側が『眠れる獅子を起こしてしまった』――と言わんばかりに後悔している……。失礼な話だが、立ち上がるアカネは、人間よりは、化物に近い存在だった。


 情なんか抱けない。


 優しいマユサでも、偏見なのだが……、反射的に握っていた武器を振り下ろしてしまいそうな、死の匂いを感じさせてくれる相手だった。



「色が必要ならあるぜ、ここに」


 ワンダが服の内側から、筒状のガラスを取り出した……。


 中にある液体は、インクである。


 魔力の塊――そのため、地下世界では控えていたが、地上に出てきてしまえばグレイモアの脅威も薄まるはず……。


 しかし、今度はモノクレードルやモノクラウンを呼び寄せてしまうことにもなる……が。


 広大な大地で、筒状のガラス一本分のインクに寄ってくる地上の生物がいるとは思えないし、寄ってきたところでいくらでも回避できる環境だ。


 地下世界のように通路が狭く、道が入り組んでいる――ということもない。


 先が見通せない視界不良ではあるが、障害物がほとんどないのだ……、グレイモアを相手にするよりも逃げやすいことは確かだ。


 それに、グレイモアは魔力だけに反応するが、モノクレードルは魔力だけでなく音や匂い、食欲で動く。


 インクが垂れたからと言って、必ずしも引き寄せられるわけでもなかった。


 地下で取り出すよりは、リスクは少ないはず――。



「この色が、お前らの手助けになるか?」


「色だけあっても仕方ないのよね……、あって困るわけじゃないけど、大地、砂、岩……それだけじゃなく、他の物もないと、筆ペンに吸収させることはできない」


 限られた物体で色の積み重ねを繰り返すことはできるが、色も有限だ。

 ワンダのストックも無限にあるわけじゃないし……、


 ユイカとリオにとって、有利に働く環境は、同じくアカネにとっても同じなのだ。


 ワンダの手助けが、そのままアカネへの支援になってしまうことは充分にあり得る。


 充分な量の色と、被らず豊富な数の物体があることが条件だ……。


 つくづく、この地上世界は、魔法使いにとっては悪環境である。



『カラフル・スター』のルールは使えず、

 魔法の拳同士での殴り合いになってしまっている……。

 出てくる差は魔力の量だし、力の入れ方である。


 実際に自分の拳で殴ることに慣れていれば、魔法の手として、サイズが大きくなってもそこまで操作に差はない。


 アカネの『喧嘩に慣れた身体能力』は、そのまま魔法の手の操作に直結している――。



「――え?」


 ユイカが『赤い光の塊』の直撃を受け、大地を削りながら転がっていった。

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