第26話 最大禁忌

「考え方は合ってるぞ。規則的な活動と封印を繰り返したわけじゃないけどな……、地底人の文化、生活の復興に、あたしら頼りにされても今後の維持が問題になる。

 だから適度に封印されておかねえと後進育成ができねえんだ……。長めの封印を選んだのは今の国民で、あたしの意思じゃないんだから仕方ねえだろ。

 ま、そのせいで国の内部では色々と起こっていたみたいだがな――びっくりしたぜ、あたしたちは今や国では『神さま』扱いだぜ?」


「……たち?」


「シャロンもいるぜ。で、おまえがいるならリオもいるってことだよな?」


 この場にいないことで、アカネに不必要な警戒を与えることができたが……、


 彼女はすぐさまこの場にはいないことを悟り、杞憂に安堵したようだ。


「いたらちょっと厄介だ、と思っただけだからな……。

 いたところで、あたしがやるべきことは変わらないぞ」


「……どうするつもりなの……? そう言えばさっき、大罪人とかって――」



「ああ、地上でもなく地底でもない地下にいる人間は、全員が大罪人だ。罪人同士が集まり、子を生んで生活してきた元・地底人と言うべきか? ま、罪人に変わりねえ。

 大罪を犯した人間が、なんの罰もなくしれっと生きていることはおかしいだろ? ……殺しはしねえが、長い間、グレイモアになって地中に埋められる無限地獄を味わってもらうくらいのことはしねえと、あたしの気が済まねえんだよッッ!」


 ユイカがばっと振り向く。


 マユサとリオンが左右に首を振った……、だけどマナは。


 彼女は、強く否定をしなかった。心当たりがあるようだった……。

 ただし自身がやった、という負い目ではなく、聞いたことがある、くらいのものだ。


 詳しくは知らないが、それでも遠い国の、伝え聞いた話というわけでもない――と言った距離に見える。


「――罪人の子供は罪人だって言うの!? それは違うと思うんだけど!

 親は親で、子供は子供でしょ!? 親がそうだからって子供までそうとは限ら、」


「かもな。だけど復讐者としては、予備軍じゃねえか? いつ地底に潜り込んで事件を起こすか分からない集団だ――見つけてしまえば、処理しておかねえと平和を維持できない。

 武器ってのは直接、攻撃されなくとも、そこにあるだけでこっちはひやひやするもんだ。徹底して武器は使えなくし、処分するのが望ましいだろ。それがこいつらだ」


「なら、どうして今まで放置して――」


「見つけられなかったからな。地下に潜んでいるなんて知らなかった。罪人が、気づけば消えている神隠し的なことが大昔からあったんだよ……、まさか地底を上がって、地下にいるとは思わなかったがな……。

 今まで隠れ、あたしとシャロンの目を欺いていたわけだ。だが、今回のことでたまたま見つけてしまった、ってわけだぜ……——放置できるか? こんなでっけえ爆弾をよ」


「地底人に復讐なんて……この子たちにそんなことする気も、力もないよ!」


「人間、やる気があればなんでもできる。魔力となり、魔法として背中に手の平が出現すれば、最強で利便性が高い武器が手に入るわけだ……。

 地底に戻ることができないことを、親にどう説明されたのか知らねえが、恨むだろ、普通。それが復讐心にならないと言うつもりかよ」


 分からない。


 マユサとリオンは、地底に国があるということさえ知らなかった。

 ……マナは、知っていたようだが、事実であるとは信じていない様子……。


 まるで天国と地獄って本当に存在したのか、と驚いているようなものか?


「それは、分からない、けど……っ」


「分からないなら処理するぞ。黙って見逃して、国が危険に晒されたら最悪だ。危機に陥ってから対処してたら遅いんだ。

 だから危機が危機として目に見える前に対処する。……悪いが、それがあたしのやり方だ」


「待ってっ、……大罪人って、この子たちの親がなにをしたって言うのよ!!」


。——最大禁忌を見逃すもんかよ、クズどもが」



 アカネの目の色が変わる。


 昔からそうだった……、どうしてか、シャロンが絡むと、アカネはどうしても、周りが見えなくなるほどに熱くなるのだ。


 シャロンの右腕のような存在と言えるだろう……――過去、シャロンが学園祭を台無しにし、地上を征服した後に地底の世界を復興させたのだとすれば、ユイカが思う二人の関係性のイメージは、まったくの逆だったことになる。


 おどおどしているシャロンが、アカネに目をつけられ、パシリをさせられていた、のではなく……、気弱に見えるシャロンを守るために(そして、すぐに手伝いができるように)、アカネがすぐ傍にいたのだ……——その忠誠心は、昔からか?


 ユイカが生まれた時代よりも大昔……、


 地底人が地上人に全てを奪われたその時代からの付き合いだった……?


 シャロンを慕う理由が、その時にあったのだ。



 きっと。


 ユイカの一言で覆せるほどの、脆いエピソードではないはずだ。



「説得は無理っぽい」


「見れば分かるでしょ。あれを言葉で説得できるの? ……まあ、胡散臭いわたしのご先祖よりは、感情で訴えるあんたの方が可能性は高そうだけど」


「やってみた方がいいかな?」


「時間の無駄だから。

 ……でも、じゃあどうするって話なんだけど……」



「モノクレードルと、どっちが大変かな」



 と、マユサ。

 彼の中で、立ち塞がる脅威は力で叩く、という考えに向いていた。


 アカネも、もちろん、強いだろう……。だけど、モノクラウン、モノクレードル、グレイモア……、三つの脅威を体験していたマユサは、自分たちと同じ姿で、見慣れた魔法を持つ彼女は、比べれば一番マシなのではないか、と思ったのだ。


 マユサの、言葉にしていないが、発信した提案は、全員の表情を歪めさせた。


 だが、これを否定するとなると……、

 リオンが言った「じゃあどうする?」を考えることになる……。


 モノクラウンは除外として、モノクレードル、グレイモアと比べれば確かに、アカネを相手にするのは、まだ、なんとかなる気がする……。



「……アカネ……なら、いける、かな……? でもやっぱり、色が必要なる……」


「でも、それはあの人も同じなんじゃ……。

 戦っている最中に、モノクレードルからインクを奪ってくれるとか……期待できる?」


「確かにアカネだって、色がないと本来の実力を出せないもんね……、ただの魔法の手だけで私を倒すこともできるとは思うけど……、

 こっちだってただやられるわけにもいかないから、抵抗するし……絶対に疲弊はするはず――。なら、まずは色を塗るはずよね?」


 モノクレードルから……でなくとも、世界に色を与える『方法』を持っているはずだ。


 ユイカはこの時代で目覚めたばかりだが、アカネは違う……慣れた戦い方があるはずだ。


 相手の土俵がユイカの土俵になるのなら――、挑む価値はある。



 熟考した(……のか?)ユイカが、覚悟を決めた面持ちで顔を上げる。


「どうせここで立ち止まっても事態は好転しない、なら――やってみる!」


 シャロンのこととなると、視界がぎゅっと狭まるアカネの忠誠心を利用する。


 思いついた子供のような挑発が、突破口となるのか?


 ―― ――



 色を持たない砂が無風でありながら不自然に動き、やがて小さな穴が生まれ、そこに砂が落下していく。

 奥から顔を出したのは、長い金髪で目元を隠した少女だった。


 薄い灰色の砂が少女の頭に乗っかっている……、


 首を左右に振って砂を落とすと……、下から不満の声が上がった。



「――おい、ぼろぼろ落とすな、目に入る」


「上を向いているからでしょ?

 こっちはスカートなんだから、上を見るなって言ったはずなんだけど?」


「どうせ暗いだろうが……、まあ、外の光が差し込んでいるから見えるんだが」

「ッ!!」


「うぉっ、やめ、頭を踏んづけんなッ! 不安定な足場と出っ張った岩しか頼れるものがねえんだぞ!? ちょっとの衝撃で簡単にバランスを崩しちまう……っ。

 せっかく地上まで上がってきたのにまた落ちたらどうすんだ!!」


「やり直せ。というか下でグレイモアの餌食になっちゃえばいいのに……」


「くそっ、苦労して地上まで案内したらこれかよ……。

 感謝の言葉もねえなら手を貸しても損じゃねえか」


「冗談だって。ありがと。

 ……さて、地上に出てきたけど、みんなと合流――」



「ん? どうした、言葉が止まったぞ。外の様子は?

 まさかモノクレードルの巣のど真ん中で囲われた、絶体絶命のピンチだったりしないよな?」


「そうじゃないけど……」



 モノクレードルはいない。モノクラウンも、だ。


 薄い膜が張ってあるような不明瞭な視界なので、確実とは言えないが――、

 それでも見える範囲にモノクレードルもモノクラウンもいないことは確実だ……だが。


 リオは見た。


 青い魔法の手と、赤い魔法の手が衝突している光景を。

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