第25話 地上で再会

「リオよ。あ、リオンの血縁者、と言えば納得できる?」


 先祖、と言うと説明が面倒なので、とりあえずはこれで通す。


「そうか……あらためて、俺はワンダだ。

 なるほどな、リオンの関係者か……。なら、見捨てるわけにはいかねえか」


「……見捨てるつもりだった……? 

 状況によっては、まあ仕方ないでしょうけど」


「状況によってはな。

 だから信用するなよ、俺を……。俺もお前を信用してねえし」


「それでも助けてくれるのね」

「利用するためにな」


 分かりやすい関係性だった。……利害の一致。


 互いにいつでも相手を切り捨てられる……、


 リオがリオンの血縁者だと明かさなければ、楽な関係性でいられたのだが……。


 もう遅かった。


 ただの他人とは、思えなくなってしまった者が、ここに一人、いる――。



「だが、お前の救出が最優先に格上げだ。リオンの身内を利用し、見捨て――リオンの前に立てるほど、俺は器用に生きられるわけじゃねえからな」


 ―― ――



「ち、地上が見えたっ!」


 先頭を走るユイカが地上への出口を見つける。


 光が漏れているのが遠目からでも分かったので助かった。

 ついさっき、地下世界の明かりが消えたのだ……、それをリオが『グレイモアにやられた』――と解釈するのは早計だろう、とマユサは自分に言い聞かせる。


 補充した分の魔力が、単純になくなっただけだ……。


 追加で補充をしなかったのは、明かりよりも優先するべきことがあったから……。


 明かりが再び点かないことに、悪い意味があるわけではないはず――。



「あの人なら大丈夫でしょ」


 並走するリオンがぶっきらぼうに言った。


 ……どうして? とマユサが聞くと、


「もうダメだと諦めて素直に殺される女じゃないもの。

 ……あれはきっと、無様でもいいから――さらに醜態を晒してでも這いつくばって生きようとする女よ……、死ぬわけない」


「自分のご先祖様なのに、酷い言い方だよね……、でも、そっか……信用してるんだね」


「信用って言うか……、負けるところが想像できないだけよ」


 マユサも同感だった。


 ユイカは、負けるところを想像してもしっくりくるが、リオは想像できない……。


 負けても勝っているような策を仕込んでいそうな気もする。



「ちょっと待ってて、確認してみるから」


 ユイカがマユサたちを手で制し、地上に顔を出す。

 周囲を見回し、モノクレードルがいないことを確認してから――、

 

 ちょいちょい、と後ろで手招く。


 段差を上がったユイカから手を伸ばされ、リオン、マユサ、マナが引き上げられる。


 今まで地上は危険な場所だと言い聞かせられていた。それが今では、地下の方が危険で、地上に出たことでほっと安堵する日がやってくるなんて……。


 ただ、勘違いしてはいけない。


 地下も地上も、敵の巣窟であるのだ。


 安全地帯なんかないことが証明されてしまった……。


 地上世界。

 相変わらず、色がない薄い灰色の世界である。


 どんな色にも染まるキャンバス、とも言えるが、

 肝心のインクは、モノクレードルが持っている。


 色さえあれば、どんな敵が相手でもそれなりに戦えるのだが、その重要な『色』を手にするためには不利な状態から足掻くしかない……——命懸けで。


 不利な状況で賭けに出るような、命懸けの戦い方は、勝てる可能性などないに等しい。


 だからこそ、地下世界の住人は身を潜めて長い年月、隠れて生きてきたのだ……。


 だが、それも今日までだ。


 地下世界を追い出された今、地上世界で生きるしかない。


 生きるためにはモノクレードルを攻略する必要がある……、そのためのインクだ。



 順番がしっちゃかめっちゃかで、『あれ』をするためには『これ』が必要――、

 だが、『これ』を手にするためには『あれ』が必要……。

 ――なんて手順の入れ替わりが発生してしまっている。


 やはり、楽な方法なんてないのだ。


 これがこの時代の生き方だ。


 百年前とは違う……、

 がらりと『色が変わった世界』の――、唯一の生き方だった。



「モノクレードルからインクだけを気づかれずに奪う方法とかってあるのかな……」


 思ったそばから楽をしようとするユイカの頭上から、落下してくる影が見え――、


 マユサが反射的に彼女を突き飛ばすよりも早く、ユイカの青い手の平が上から落ちてきた赤い手の平と、がっちり指を交差させて組んでいた。


 ぐぐぐ、と押されたユイカの足が、柔らかい砂に沈んでいく。


「この、色――ッ」


 手を伸ばしてもユイカの背中には届かなかったマユサは、腰に抱き着いているリオンに気づいた。そのリオンを、同じように抱えているのは、マナである。


「あんた……ッ、そいつにはなんだか甘くない!? 危険が降ってきてもなんとかするだろうって分かっていながら、どうして守ろうとするのよ!」


 仮に手が届き、マユサがユイカを突き飛ばしていれば……、

 上空の赤い手の平がマユサを押し潰していた。


 マユサがなにもしなくとも、ユイカは対抗できると言うのに……、


 無駄にマユサが死ぬところだったのだ。



「いや、今のは反射的に……」


 そんなことを考えている暇なんてなかった。


 冷静になってみれば確かにそうなのだが……、

 ――だけど、じゃあいいか、となにもしないでいられるマユサでもなかっただろう。


 マユサは強くなりたいと決意し、地上に出てきた部分がある。


 なのに目の前の女の子を見捨てて、なにが『女の子を守れる力が欲しい』だ?



「……どうしてこうもワンダくんに似てくるのかしら……」


 ぼそっと呟かれたマナの声は、上空からの声にかき消された。




 組んでいた手が解かれる。

 伸びていた赤色の魔法の手が、『彼女』の背中に戻っていき、


「……やっぱり出てきたか。ぞろぞろと大罪人の親類縁者がなあ――。何年、隠れていたのか知らないが――親の罪なんか知らねえ、で、済ませるわけにはいかねえな。

 大罪人の家族も罪人だ。大小こそあれ、罪がなくなるわけじゃねえんだ――。グレイモアから逃げてきたならあたしで処理しておいてやるよ、クズども」


「ッ、アカネ!?」


「? 確かにあたしはアカネだが、お前は誰だ?

 ……——青色の、魔力……? その魔法の手は――、ユイカ、か……?」


 地面に足をつけた、明るい赤髪と、顔に彫られた刺青が特徴的な少女……。


 いや、少女という年齢では、もうない。女性と言うべき年齢だろう。


 意識して見れば、顔にはしわがある。

 肌の張りもユイカとは違い、『老い』とはっきりと認識させられる。


 ユイカが知る過去の姿と見た目が変わらないのは、アカネのイメージチェンジをしない性格のおかげか。


 仮にしていても、彼女の特徴からすぐに本人だと導き出せたが……。



「――ユイカか! やっと起きたのかよっ! 久しぶりだなっ、三十年ぶりとかか? いや、現実時間ではもっと経ってるんだっけか……?

 あたしもちょくちょく『色の繭』に入って老いを止めてるから、分からなくなっててさ……。学園祭から数えれば。百年は経っているよな?」


「色の繭……? 私たちが包まれてた魔法の手の平のこと……? でもアカネ、頻繁に利用していたとしても、その若さだとほとんどの年月を繭の中で過ごしたことにならない……?」


 ぱっと見て推測しても、二十代後半くらいか……?


 現実世界で老いたのは十年ほどだと考えれば、百年が経っているなら、九十年ほどは封印されていたことになる。


 それとも一年活動して、九年封印されて――を繰り返して、今に至るのだろうか。



「そういう計算がすぐにできるのか、ユイカも成長したな」


「いや、封印されていたから成長するわけないけど……、繭の中にいても起きているわけじゃないし……。横になって教科書を読んでいたわけじゃないもん。

 もしできる環境だったとしても、私がそんなことをすると思う!?」


「威張って言うことか」


 くす、とアカネが笑みを見せた。


 ……昔よりは丸くなった――ように見える。



 昔はもっとトゲトゲしく、


 近づく者は全員、ひとまず威嚇するような少女だった。

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