第23話 グレイモア包囲網・脱出劇

 マユサの驚きに、

 リオが『自分が知っている情報』が共有されていなかったことを思い出す。


 グレイモアは死なない……、

 だからグレイモアとなった元人間を助けることは、いつになろうとできるが――、


 だが、襲われている今のこの状況を覆すためにできることは、足止めで限界だ。


 グレイモアを殺すことで、追ってこれないようにすることはできない……。



 足止めをしても、いずれ追いついてくる。


 常に背中を追われている状況で、リオたちは体勢を整えなくてはならない。


「そうね……地中に埋めてもすぐに這い出てくるはず……。

 元々地中にいたんだから、グレイモアからすれば自分の家みたいなものなのよね……」


 海に沈めてしまえば分からないが……、

 今すぐできることでなければ考える意味がない。


 広い大地の先にある海を目指す選択肢は、現段階で切り捨てるべきだ。


 グレイモアを、一時的な足止め以上に拘束する手段は、ない――。


「引き返すのはあり得ない。この足止めを利用して距離を稼ぐしか、」


「リオ、かなりやばいかも」


 ユイカが言った。

 彼女の視線を追ってリオが前を見れば……いた。


 瓦礫の向こう側で閉じ込められているグレイモアとは別の、グレイモアたちが。



「――――」


 後ろと同じように岩を砕き、瓦礫を積んで閉じ込めることはできない……。

 すれば逆に、自分たちが閉じ込められるだけだ。


 しかも一歩間違えれば、生き埋めになる……。


 どうする……、しかし迷っている暇はない。


 今にも奥からぞろぞろと出てくるグレイモアに、噛みつかれそうになっている状況だ……。


 突破するしかない……。

 引き返すか進むか――もちろん、進む方だ。



「……節約、するつもりだったんだけどね……」


 リオの両肩から翼が生えるように、黄色い手が飛び出す。


 五指が握られ、巨大な拳となり、戦闘態勢が整った。


 ……地下世界には限られた色しかない。


 モノクラウンやモノクレードルのように、

『景色を染められる』インクを持っているわけでもない……。


 地上に出た時、モノクレードルやモノクラウンと戦うことを考えれば、地下世界では極力、有限の魔力を抑えておきたかったが、仕方ない……。


 使わないと死ぬなら使うしかないだろう。


 たとえ地上に出た時に戦えない状態だったとしても……、

 その時のことはその時に考えればいいだけだ。


 ……選択肢は二つある。


 リオとユイカ、分担してここを抜けるか、

 それとも片方がガス欠するまで、一人で徹底して奮闘するのかの、二択――。


「ユイカ、地上に出た後のことは任せてもいい? ここはアタシがなんとかするから」


「え? でも二人で負担を分散させた方が……」


「魔力に引き寄せられるグレイモアの性質を考えれば、一人が目立った方がいいわ……、ユイカとアタシで突破しようとすれば、グレイモアの意識が二分する……。戦えないその子たちを確実、安全に先へ送り届けるなら、分かりやすい囮一人の方が突破しやすい――」


 だからアタシがやる、とリオが前に出る。


 自己犠牲ではなく、ユイカには任せられない……。

 ただ暴れるだけの簡単なお仕事ではないのだ。

 余すことなく、グレイモアの目を引きつけ、尚且つ、自身も突破する技量が求められる。


 センスだけでなく頭も使うし、技術も必要だ……、ユイカにそれができるのか?


「……ば、バカにされてる気がするけど文句も言えないし、私もできるっ、とも言えないからリオが言っていることが正しいんだろうね……っ」


「そういうこと。だから素直に甘えなさい。あと、あなたの役目も重要だし、途中で躓くなんて失敗はできないからね? 責任重大だってこと、理解してる?」


 ぎゅ、とユイカがマユサを後ろから抱きしめ、


「分かってる。マユサのことは絶対に守る」


「ねえ、わたしとマナのことも忘れてないわよね?」


 さり気なく抱きしめるな、とリオンに膝を蹴られて飛び跳ねるユイカに、くすっとマナが笑った……、握り締める黒衣によって乱された感情が、落ち着いたようだ……。


「準備はできた?」


「……私より大人っぽいのね、リオちゃん」


 年齢不詳のマナだが、少なくともリオよりは年上だ……。生まれの年を考えれば、リオは百年前の人間なのだが……、それを含めなければまだ十七歳だ。マナの方が上である。


「経験と、力を持っているからかもね。あなたの立場なら、アタシも怖くなって震えて、きっと嫌なイメージばかりをして、動けなくなっていただろうから――」


 そんな風にマナの引け目をフォローするが、彼女には見抜かれていたようだ。


「ありがとう、リオちゃん」


「……そういう態度は、アタシよりも大人だけどねえ」


 マユサからすれば、どっちも大人だった。


 後ろで膝を蹴り合っている二人が、比べてだいぶ年下に見えてしまうのは比較したからじゃないだろう……、やっていることのレベルが低いのは確かである。


「……なんでこんなに差がついたんだろ?」


 ユイカとリオンが小競り合いをしている原因が自分であることには、まったく気付けないマユサだった。


 ―― ――



「アタシが引き寄せる――っ、今の内に走って抜けてっ、みんな!!」


 グレイモアの群れの中心に下りたリオが、魔法の手の平を高々と上げてアピールをする。


 それに引き寄せられて集まってくるグレイモアたちの横……、

 生まれた僅かなスペースを抜け、ユイカを先頭に、マユサ、リオン、マナが抜けていった。


 足音にも反応しないグレイモアは、手を上げるように目立っているリオに釘付けだ。


 見ているのはリオだが、実際は彼女が持つ魔力だろう……。



 つまり、多量の魔力が別のところに現れれば、グレイモアの視線はそっちへ向くということでもある。これを上手く使えば……、だが、一人である。


 魔力に吸い寄せられる性質を活かした囮役のリオは、正直、ここから脱出できる目途は立っていない。易々とやられるつもりはないが、口で言うほどここから抜けて、地上でユイカたちと合流するのは、簡単なことではなかった。


 正念場は、ここだ。


 魔力のガス欠は、せめて合流してから……。


 でないと道中で倒れたら、グレイモアに噛みつかれるだろう……。



 ガス欠で魔力がなくなっても、寸前まで魔力を持っていた生物に噛みつくのは、グレイモアも普通の生物と同じだろう。


 ガス欠でもゼロではないのだ、チューブを使い切るように絞って絞って魔力を吸い取られたら、グレイモアの仲間入りである。


 その前に衰弱して死ぬかもしれないが……。


「死ねないわね、せめてマユサたちの生活を保証するまでは……」


 マユサに恩があるわけではないが……、『ユサ』には、それに近いものがある。


 ユイカほどではないが、まあ、放っておけない子だったのだ……。



 初めてだった。


 自分の懐に、他人を引き込んだのは、彼が最初だった。



 そこに『なにか』があるのだ。


 マユサで分かれば、一番良い――だから。


「叩いて地中に埋めてあげる……。

 それとも殴り飛ばして壁に突き刺してほしい?」


 囲まれていても、諦める気なんてさらさらない。


 ―― ――



 ――おとなしくやられるつもりはないが、

 だからと言って魔力が増えるわけでも限界以上の力が出るわけでもない……。


 モチベーションに差はあれど、著しく結果が変わるわけでもないのだ。


 リオは苦戦していた。


 元々、楽な戦いではないと分かっていたのだが……、

 彼女の黄色い魔法の手の平に亀裂が走るほどには、リオの気力は疲弊している。


 食糧不足のせいもあって、

 満足に食事も摂っていないのだ……気持ちがあっても体が追いつかない。


 足首を掴まれた。


 引っ張られたリオがバランスを崩して転倒する。

 グレイモアに足首を持ち上げられ、情けない姿で上下逆さまに吊り上げられる。


 短いスカートの中身が露わになってしまうが、相手がグレイモアであれば羞恥など湧かない。


 マユサがいなくて良かった、とほっと安堵する……。男子が彼しかいなかった、だけなのだが、どうしてマユサに見られていなくて良かったと安堵したのだ……?


 別に、マユサであろうと見られて困るものではないはず……。



「――って、そんなわけあるかッ」


 体を捻り、動かせる方の足の踵をグレイモアの側頭部に叩き込む。


 魔法を伴わない攻撃に、グレイモアは反応できずに――相手の虚を突けた……が、魔力を纏わない蹴りの威力は、グレイモアの樹皮のような皮膚を貫くことはできなかったようだ……。


 蹴りの衝撃で僅かに首が横へ移動しただけ……数ミリだけだ。


 蹴りなのか、グレイモアの気まぐれか……。


 どちらにせよ、ダメージはほとんどないと見ていいだろう。



 ほとんどではない、無傷だ。


 リオの蹴りに意味はなかった。


「ッッ」



 魔法の手を動かす。

 すると、ぱきん、という高い音が聞こえ、

 黄色い破片が地面に落ちて弾んだ残滓が見えた。


 魔法の手を維持できるほどの魔力が、もうない……っ。


 力任せにグレイモアを殴れば、

 それだけで拳の方が砕けてしまいそうなほどの脆さが目に見えている――。


 強固に形成し直すこともできない。


 補填するための魔力が体内に残っていないのだ……、

 さっきから視界が霞んでいるのはこのせいだ……。


(まず、い……もう、力がなく、な……)


 スカートを押さえるための手も、もう動かない。


 高く吊り上げられたリオは、やがて全体重をグレイモアに預け……、

 だらん、と投げ出した腕の指先が地面に触れる。


 既に魔法の手も穴だらけで、

 かろうじて三角の欠片同士が、点と点で繋がっているような状態だった。



 残り少ない欠片も砕けていく。


 魔法の手は五指を失い、そこにあるのは砕けた破片をテキトーに積み上げただけの魔力の塊だ。全ての欠片が消えた時、リオの命も同じく散ることを意味している……。


 そして。


「あ、ぁ…………っ」


 リオの首元に、グレイモアの牙が迫り、

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る