第22話 手がかりは黒衣

 空中で、その生物が意識を横に持っていかれた。


 瞬間、黄色い拳に殴り飛ばされた赤茶色の塊が反対側へ飛んでいく。



 壁に埋まった樹皮の球体が、ごろん、と地面に落下し、花開くように両手両足を広げる……、


 体を丸めることで、衝撃を殺したのか――!



「嬉しいような、面倒くさいような……って気持ちね。

 久しぶりでもないかしら、グレイモア――」


 リオからすればつい先日、苦しめられた相手だが、実際には百年近くも経っているのだ……。

 それに、このグレイモアからすればなんのことだか分からないだろう。


 言葉を理解していれば、だが。


「グレイモアがいるってことは、地上人の生き残りがいたってことでいいのよね……。

 魔力を与えれば地底人みたいに人間に戻ったりするのかしら……」


「リオさん……あれは、モノクレードル……?」


「グレイモアね。

 元人間の――、まあ、インクを持たないモノクレードルでいいでしょ」


 説明は後だ。


 サイズこそモノクレードルと比べれば小さいが、脅威は変わらない。

 小回りが利く分、厄介な一面だってあるのだ。



 地下世界という狭いステージで、グレイモアとの鬼ごっこは分が悪い……、

 しかも筆ペンを強化するための色もないのだ。


 そう考えると、脅威で見ればグレイモアの方が上かもしれない……。

 死なないし、怯まない……、やりづらい相手だった。


「ちょっ、離してっ!」


「マナさん!?」


「マナ!」


 地中から出てきたもう一体のグレイモアに掴まれたマナが、地面に押し倒される。


 口を開け、牙を見せたグレイモアがマナの首筋に噛みつこうとして、


 ――青色の拳が、寸前でグレイモアを殴り飛ばす。



「――うるさいっ、寝てたのに邪魔しないでよっ」


「ユイカ、起きなさいよ、緊急事態だって分かってるでしょ!?」


 壁、地中……、そこに潜んでいたのだろうグレイモアたちが、衝撃をきっかけとしたように、わらわらと出てくる。


 ……今まで近くにいたのだろうか?

 しかし、だったらなぜ今になって飛び出してきた?


 まるで、命を脅かす『なにか』から逃げている途中で、マユサたちと出会ってしまったかのような……。


 いや、魔力に反応しているのだ……、ということはだ。


 マユサたちよりも一際多い魔力を持つ者が地下世界に滞在すれば、当然、寄ってくるのがグレイモアの習性だ。



 リオとユイカ。


 危険を呼び寄せたのは、この二人である。


「っ、アタシたちに引き付ける手段は通用しないか……っ」


 もう遅い。両手の指以上のグレイモアが集まってしまえば、全てがリオとユイカに引き寄せられるわけではない。


 すぐ傍にいる、少量だが、それでも魔力を持つマユサやリオン、マナを襲う可能性だってあるのだ。二手に分かれたところでどちらかが安全、という段階はとうに過ぎている……なら。


 ここは全員で、地上へ出るしかない。


 元々そのつもりだったのだ、それが急かされているだけに変わっただけだ。


 もう一人の家族であるワンダと入れ違いにならないように、と、マナは残るつもりだったらしいが、この状況で残っていればやられるだけである……。


 地上と地下、どちらも危険だ。


 だが、今なら地上の方がまだ……生き残れる可能性がある。



「地上へ続く道は!?」


「向こう、に……」


 マナが指差した先は、以前までなら地上へ繋がる道だった……

 が、壁を崩したグレイモアたちの影響で、瓦礫が積もって道が塞がれてしまっていた。


 ……知っている道は使えない。


 自分たちで見つけて、脱出するしかないっ!



 地上へ出るためには上へ上へ向かえばいい……、ただ、グレイモアが道を塞いでいるとなると、進路変更を強いられ、一旦、迂回をするために地下へ進まなければいけなくなる。


 後で下りた分を取り返すように上へ向かうと分かっていても、地下へ進んでいる現状は悪手だったのではないかと、後悔に足が止まりそうになる。


「こんな感じでいいの? これでグレイモアを閉じ込められたのかな?」


「ずっとは無理ね。でも、時間稼ぎにはなったはず……」


 魔法使いの二人で、横と上の岩を崩して瓦礫の山を作り、道を塞ぐ。


 引き返せなくなったが、どうせグレイモアが占拠しているのだ……、

 あそこに戻りたいとは思わない。


 ……選んだこの道の先に、脱出できる地上へのルートがありますように……、と願いながら、急いで先へ進む。



「明かり、点いてて大丈夫……?」


「グレイモアは光を感知しているわけじゃないのよ。魔力に反応して動いている……、だから光があろうとなかろうと、追跡されることに変わりない。

 だったらこっちの視界が取れる分、明かりは点いてあった方がいいでしょう?」


 正面にいる人の顔が見えないくらいの暗闇で行動など、満足にできないだろう。


 脱出どころではない。ちょっとした移動だって難しくなる。


 暗闇の方が精神的に『見つかっていない』と思い込めるので気が楽だが、たったそれだけのために光を手離すのは惜しい……。


「マナ? ……なにして――」


「これ、この服……」


 道の端に落ちていた……、

 破れていた黒衣に見覚えがあったのだ。


 ――それはユイカとリオにはなく、リオンとマユサには見覚えがあるもの……。


 もしも、暗闇であれば……見つけられなかったものだ。

 見つけてさえいなければ……、希望を残すことができた。


 だけど見つけてしまったら、見た目はどれも変わらないグレイモアの中に、よく知る『彼』が混ざっていると想像してしまう……。


 背後の瓦礫の奥に、数十体……――その中にいるのかもしれない。


 これから先、出会うグレイモアはもしかしたら、『彼』なのかもしれない――。



 特定できなければ、全部をそのつもりで見るしかなくなる……、


 撃破して進むとしたら、これ以上ないくらいの枷になるだろう。


「ワンダくん……?」


 黒衣を抱きしめ、立ち上がったマナが振り向いた。


 向こう側から聞こえてくる瓦礫の山を削る音に駆け寄り、

 指を伸ばして瓦礫の隙間を掘り始め――、


「マナ」

「だってっ、ワンダくんが、あっちに……ッ」


「いると決まったわけじゃないでしょ。それに、いたところでわたしたちの声が届くような状態じゃないと思う……。

 ワンダ以外の、あの化物たちに殺されたら、もう二度とワンダには会えないのよ!?」


 マナの手を掴んだリオンが引き止める。


 ……気持ちは分かる。リオンにとってもワンダは家族だ。


 いないことの方が多いが、それでもマナと同様、共に過ごしてきた家族だ……。

 リオンだって、当然、このまま見捨てようとは思っていない。


「……ワンダが中にいるなら、助ける方法はある……でしょ?」


 リオンの視線にリオが答えた。


「ええ、そうね。魔力、五感、言語――、あらゆるものを奪われ、干からびたグレイモアという存在が、あの化物よ。

 つまり、奪われたものを取り返せば、人間に戻ることができる……。よく知っているわ。元に戻ることに関して言えば、アタシたちは、はっきりと見ているから」


 そうして、復讐をされたのだ。


 忘れることなんてできない……。


「大丈夫よ、グレイモアは死なない。

 アタシたちが生きている限り、絶対に助ける方法はある――」



「え、死なないの?」

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