赤の章/大罪人と血染めのスターズ
第21話 過去の大罪人
「こんなところに隠れていたとは盲点だったなあ……、地上に出ればモノクレードルに襲われる……かと言って地底にいたらあたしらに見つかる――
ちょうど良い中間地点に隠れているのはまあ、理に適っているってわけかよ」
「……クソ、こんなところまで嗅ぎつけてきやがって……ッ」
「黙れよ罪人。不自由ない生活を与えてやってるのに、どうしてそう法を犯すかねえ……。嫌なことでもあったのか? 不満でも? 言えばいいじゃねえか。
裏でこそこそと……そういう回りくどいやり方は嫌いなんだ、正面からこいよ」
「……ガキ共に権利を与える、てめえら『スターズ』にはついていけねえんだよッ! ガキが力を持てばどう使うか分からねえのか!? 世界のため、町のためとか言いながら、あいつらは私利私欲で大人をいたぶる……遊びみてえになッ!
お前らの監視下だから安全? 四六時中、監視できているならこんな不満は抱かねえ! お前らが目を離している隙に力を得たガキが地底のさらに水面下で暴れていることをてめえらは認知してねえじゃねえか!」
「……チッ、やっぱ火種を撒いてんのはあいつらじゃねえか……戻ったら説教だな」
「頭を下げさせて終わりにするんだろ、どうせな。ガキだから、未熟だからで軽い罰を与えるだけじゃ、あいつらは変わらねえ。
権利と力を持てば、ガキだろうと社会を自分の足で歩いてる大人と変わらねえんだ。――法を犯せば罪人だ、ガキも変わらねえ」
「一つの意見として受け取っておくぜ。
ただ、不満は分かったが、それでお前が法を犯していい理由にはならねえけどな――」
少女の背中から翼のように生えた赤い魔法の手が、薄暗い部屋の中で存在感を発揮させる。
魔法の手が光を放っているため、地上でも地底でもない地下世界を照らしていた。
会話をしながらも、逃走経路をちゃっかりと確保していた男へ、魔法の手が伸びる。
手の平で男を壁に押し付ける。
両足が浮き、両手が動けなくなった男は、足首から先だけがじたばたと脱出を試みている……、が――めきめきぃッッ、と。
魔法の手が力を入れたことで、男の足掻きが止まった。
小さな悲鳴が漏れる……。
「あぎ、が……ッ」
「地上に放り出してもいいが、殺すのはさすがにな……。だから元に戻るか? 魔力以上の全てを奪い取って、グレイモアに逆戻りしろ。
徘徊もさせずに棺桶の中に入れて、地底のさらに地下深くに押し込んでやる。次に目覚める時まで死ぬほどの飢えと渇きを感じながら、死なない人生を楽しめば?」
「やめ……」
「聞こえねえよ――徒党を組んでシャロンを狙ったてめえらは、あたしの権限で決められた罰則よりもきついもので裁かねえとな。
……じゃねえと、あたしの気が済まないんだよ――クソ野郎が」
―― ――
「……あいつ、なにしたんだ……?」
物陰から。
渇き、干からびて、男の体を赤茶色の樹皮のように変えた少女を窺う影が、一つ。
息と気配を殺し、光も消して……。
見える彼女がモノクレードルやモノクラウンよりも脅威であると感じた『彼』は、すぐに逃げることはしなかった。
焦りは気配を隠せなくなる……、それに、逃げる足音を聞かれたら当然、追われるはずだ……ここでじっとしているのが最善――。
相手が動き、距離を取るまで……。
「ん、なんだよ、そっちは――」
だが、彼は理解していなかった。
いくら気配を殺しても、彼女の目や感覚を欺くことができても、極限まで飢えた『グレイモア』を騙すことはできない、と――。
そう。
樹皮のような皮膚で、口はあるが目がない『それ』は、目で他人を認識しているわけではないが、ぎろり、と――。
まるで目があるかのように、とても生命体には見えないグレイモアが物陰に潜む一つの存在を敏感に感じ取った。
かた、カタカタカタ、と、
指先が固くなったために聞こえてくる高い足音? ……が、近づいてくる。
気配じゃない、足音でもない……。飢えたグレイモアが感じ取っているのは、人間が絶対に隠すことができない、体内の魔力である。
生命力――、
生きているなら漏れてしまう、仕方がないそれだった。
「クソッ、あと少しで帰れるってところで――」
そこで気づく。
帰る場所が近いということは……、この脅威を持ち帰ってしまうことになるのではないか?
長い狩りからやっと戻ってきたが、ここはこの脅威を取り除くまでは、引き返すしかない。
彼が守っている三人の家族を危険に晒すわけにはいかない――。
とにかく遠くへ……。
この脅威をどうにかしなければ、笑顔で帰ることはできない。
最悪、再び地上に出て、モノクレードルやモノクラウンを利用することも考え――、
運良く生き延びられたあの地獄へ再び向かうことに、絶望よりも怒りが湧いてくる。
――大罪人。
過去、地底世界で大罪人となった者たちが集まって隠れ住んだ地下世界。
そこで生まれた子供たちは、無罪でありながら地底世界への戻り方も分からず、ここで生きることを強いられている。
地上世界で自我が芽生える前に死ねず、
地底世界で人並みに生きることもできず――、
中途半端な場所で長い苦しみを、ずっと……っ。
親のせいで。
大罪人になったせいで。
――俺たちの世代の生活は、めちゃくちゃだッ!
「やってやる……ッ、ここまできたらとことん生き延びてやらぁッッ!!」
青年が、低くない高さの段差を駆け上がる。
彼の名はワンダ……——マユサとリオンの、マナと同じく、育ての兄である――。
―― ――
「……ん」
モノクレードルの毛皮を整えた布団で眠るマユサは、ふと意識が浮上した。
背後からぎゅっとしがみつかれて、ああまたか、と察する。ユイカだろう、マユサを『ユサ』と勘違いした彼女が寝ぼけて、マユサの布団に潜り込んできた……のだ。
だと思うのだが、しかし背中の感触が思っていたよりも固い……。二度、三度も経験しているので、なんとなく覚えてしまった感触だが、今日はそれがない……。
しがみつかれているのだから背中合わせというわけでもないだろうし――。
振り向こうとして、力強く固定された。
振り向くな、ということらしいけど……。
「……もしかして、リオン?」
「……だったら悪い? 期待していた人と違うからガッカリした?」
小さい頃は一緒の布団だったが、いつからか、リオンとは分かれて眠るようになっていた。
布団の位置こそ近いが、明かりを消してしまえばそこにいることさえ分からなくなる闇である……。壁を隔てるのと同じくらいの仕切りの効果はあるだろう。
一緒に寝ていた頃を思い出す……、あの時は位置が逆だったはずだ。
マユサが、リオンにぎゅっとしがみついていた。
こんなことで成長を感じたくはないが、マユサが一歩、現状から踏み出したことで、リオンからしがみつかれたのなら――して良かった。
「ガッカリなんてするわけないよ。……こんな体勢、懐かしいよね」
「わたしを期待していたわけじゃないんだ?」
期待は、していなかったが……、
そんなこと、考えることもなかった。
リオンに頼られる、だなんて、
夢のまた夢だと思っていたから……。
「期待は――」
「ねえマユサ…………なにか聞こえない?」
ぴた、とマユサの動きが止まる。
生活音もしない地下の空間だ、
どこかで水分が滴る音が聞こえたりはするが、それだけだ。
マナやユイカ、リオも近くにいる……、
三人がこそこそ話をしているわけでもなく……、
これは、岩壁の小さな欠片が崩れて転がる音のはずだ。
まさか、幽霊がいる、なんて……?
想像してゾッとするマユサが、お腹に回されたリオンの手を握る。
彼女の温もりを感じて、
なんとか冷静さを取り戻し、あらためて耳を澄ませてみる……が。
「特に、は……」
「そう。でも、確かにカツカツって音が――」
こつん、と、マユサの額に小さな石が当たる。
飛んできた方角はマユサの頭の先だ……――壁。
しかし、暗闇なのでなにがどうなっているのかは分からない。
立ち上がって確認してみることにしたが、しがみついているリオンに引き止められた。
「どこいくの」
「音の確認を……」
からから、と複数の石が落ちた音。ガリガリ、と削るような音も聞こえ――、
マユサとリオンは会話を止めて音を聞くことに集中する。
……見えないのであくまでも想像だが、
聞こえてくる音はまるで、細い道具を使って壁を掘っているようにも思える……。
誰かいる……?
繊細な動きは、獣には思えなかった。
モノクレードルが壁を掘っているにしては、回りくどい。
突進でもして壁を壊した方が早いだろう……。
だからモノクレードルではなく、人間のやり方に近い。
壁の先にいるのは人間か?
「…………」
マユサもリオンも声を出せなかった。
人間に近いやり方だが、近いというだけでは人間と断定できるわけではない。
安易に人間だと言わなかったのは、それを妨げる違和感があったからだ。
岩の壁……、厚さ数センチではない。
壁のすぐ隣が――音漏れするくらいの近さに通路があるとは思えなかった。
だから人間だとしたら、一メートルはあるだろう厚さの岩を、細い道具一つで掘り進めてきた、ということになる。
しかし、だとすれば気が遠くなる話だ。
迂回する方が、結果的に早くこっちへやってこられそうなものだ。
だけどそれをしなかったのは、できなかったのか、思いつかなかったのか。
人間に近い知能を持ち、しかし人間ほどの知恵が回る、モノクレードル……?
音が近づいてくる。
暗闇だから、姿は見えな――
その時、ぱっと地下世界の明かりが点いた。
マユサたちが見たのは、赤茶色の樹皮のような皮膚を持つ、二足歩行の生物……、
――生物?
が、大きな口を開けて、マユサに飛びかかっていたところだった。
「う、」
長い緊張感の後、明かりが点いた戸惑いという緩みの中に差し込まれた、モノクレードルではない化物の存在に――。
恥も忘れて、マユサとリオンが抱き合って悲鳴を上げた――。
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