第20話 マユサの意志 その2

「情けないと思う」


 予想していなかった言葉だった。


 守られる立場に慣れ、二人の優しさに浸っていたマユサは、これまで理解していても口には出していなかったのだ……——情けない、恥ずかしい。


 マユサが安全ということは、『リオンとマナが危険な目に遭っている』ということを理解したのかもしれない……。

 だけどこれまで言わなかったのは、彼には見えていなかったからだ。


 自分が二人を守る……、でも方法は?

 口だけじゃ誰も守れない。

 二人がしているマユサの守り方は危険を逸らしている、隠れてやり過ごす……それだけだ。


 それも充分に凄いし、間違ってはいないのだが、マユサが望むのは対抗する力だ。


 敵を討ち取ることができればもっと良い……——怯えて暮らす生活はもう嫌だっ!


 緊張感は人の心を殺すとマナは言ったが、この地下世界での生活はまさに緊張感がずっとある。張られた糸は常にぴんと一文字なのだ。


 こんな生活がこれからも続けば、いずれマナとリオンも、嫌になるはずだ……、マユサを捨てて逃げてしまうかもしれない……。


 怖い。


 でもそれだけじゃない。目の前で大切な人が傷つけられているのを見るのはもうがまんできない。これまでは武器がないから、という不足を理由にしていた。


 体を鍛えることでどうにかなるレベルではない……。鍛えておいて損はないのだが、食糧が限られている生活で体を鍛えることは無駄なエネルギーの消費である。

 そのため、マユサは細く小さな体だった……。

 頼りになる男子、とはとても言えなかった。


 だけど、もう不足の理由は使えなくなった。武器がある、強くなる手段がある。

 もちろん、一発逆転を狙っているわけではないが――、強力な武器一つで覆せる弱肉強食の世界ではないことは理解している……それでも。


 この武器は必要なものだろう……、守るにしても、勝つにしても。


 丸腰でいるのは、もう堪えられない。



「弱いままなら、リオンが満足するのかもしれないけど……僕が嫌なんだっ!」


「満足ってなに。まるで守っているわたしが、優越感に浸っているみたいに」


「ち、ちがっ、そんなこと思ってないよ、リオン!」


 ふん、とそっぽを向いたリオンの態度にあわあわと動揺するマユサ……、こういうところも、彼的には嫌なのだ。

 リオンの庇護下にいる……それが嫌なわけじゃない。


 ただ……、自立できていない自分にムカついているだけだ。


 そろそろ、優しく手を握り、引いてくれる彼女の過保護からは卒業したい。


 心地良いけど……いま以上にダメになる。


 手遅れかもしれないけど……、それが動かない、挑戦しない理由にはならない。


「だから、強くなりたいんだ」




「自立したいって言ってるし、いいんじゃないの? 私、教えてあげるし」


「部外者は黙ってて」


 ユイカをキッと睨みつけるリオン……、


 その強い視線に、う、と引いたユイカがリオの背後に隠れた。


「小っちゃいリオが怖いんだけど……」


「アタシに言われてもね。ま、アタシたちは部外者だし、余計な武器を持ってきたって指摘もその通りなんだけどね。

 アタシたちが出てこなければ、マユサは筆ペンと、色を積み重ねて魔法を強化し戦う、なんて武器を知ることもなかったわけだから」


 知ってしまえば、なかなか諦めることは難しいだろう。

 知らなければ――、マユサが立ち上がることもなかった。


 見て見ぬ振りができる性格でもないだろう……。

 本当に、リオンからすれば、『余計なこと』だったのだ。



「もっと徹底して隠すべきだったのにね」


「……なにがよ」



「なにも見せず、なにも聞かせず……、大事にしたければ地上に出すのはもちろん、手足を縛って目と耳を塞いで部屋に転がしておくべきだったのよ。

 ある程度の自由を認めた時点でこうなる可能性はあった……、アタシたちがきたからじゃないの、あなたがマユサに『知らせてしまった』のが原因ね……。

 こんなことになるのが嫌なら、想定した段階で対策をするべきだった……違うかしら?」


「…………」


「やってくるとは思わなかった? そんなわけないでしょう?

 モノクレードルの侵入を想定していたなら、見つけ出せる可能性のはず……。

 アタシの血が少しでも混ざっているなら、勘は良い方よね?」


「マユサの自由を奪うなんて、できるわけがないでしょ。守るために不自由を与えるなんて……わたしはマユサに、ただ心臓を動かすだけの生活をしてほしいわけじゃないッ!」


「生きている以上、成長をする……。守られるばかりが嫌になったから力を得て、あなたを守りたいとマユサが思うのは――、真っ直ぐな成長でしょ」


 それを否定するの? 


 ……リオの言葉に、リオンは下唇を噛んだ。


「しんぱい、なんだもん……っ! マユサがいなくなったらっ、わたしは――」


「そのためにアタシたちがいる」


 両の拳を握り締め、俯いていたリオンがはっとして顔を上げる。


 成長したいと願うマユサはいずれ、無鉄砲に飛び出してしまうだろう。

 一人で地上に出てしまえば、一瞬で狩られるはず……。マユサだからではなく、人間とモノクレードルの差はそれほどある。

 立ち向かうのではなく、最初から回避することを意識していれば、彼らの兄役であるワンダのように生き延びることもできるが……。


 敵を討つことを望むマユサは、無謀にも突っ込むはずだ。


 隣に彼を守る者が誰もいないのに――。


 だけど今は、リオとユイカがいる。

 マユサを死なせたくない実力者が、二人も。


 彼女たちが『きっかけ』であるとは言え、いずれ抱く感情を、予定を早めて引っ張り出してきたのだとすれば……、

 この二人が傍にいるタイミングでマユサが成長を望んだのは、ちょうど良いと言えた。


 マユサを守ってくれる師が二人もいる。


 一人で無謀な挑戦をされるくらいなら、認めて任せてしまった方が安全だ――。


 そういう判断を素早くできるのは、やはり年上の大人と言うべきだろう……、

 むぅ、と悩むリオンの背後で、熟考の末に覚悟を決めた顔を見せたマナが言った。



「――マユサのこと、お願いできますか?」


「マナ!?」


「私とリオンでは限界がある……前から思っていたことでもあったの。マユサもそうだけど、私たちも力をつけなければ、いずれモノクレードルにやられてしまうって……。

 地上に出なければ襲われることはない、と言ったけど……、それもいつまで持つか、でしょう? もしもモノクレードルが地下世界を見つけて侵入してくれば……、私たちじゃ、マユサどころか、自分たちの命を守ることだって難しいわ」


「……分かってる、けど……っ」


「この子たちは力を持っている……、その力が、時間がかかっても習得できるものなのであれば、知っておくべき技術だと私は思うわ」


 現代にはない技術……いや、『色』がないからこそ活用できない技術だ。


 つまり、技術を習得するためにまずやらなければいけないことがある……、それを達成してからが、本番である。


 ただ……その本番の前の準備段階で命懸けになってしまうのは、果たして無理をしてでもやるべきなのか? と思ってしまうが……。


 しかし未来のためにはやるべきだ――やるしかない。



 リオもユイカも、満足に教えてもいない段階で、『真似してやってみなさい』と言うつもりはない。その場にいて、見ることでしか分からないこともある。


 いくら口で説明しても伝わらないものは伝わらないのだ……。

 一度でいいからその目で見ろ――というわけだ。


「許可が出たなら地上へいくわ。準備してきなさい――マユサ」


「地上……? え、急に……えっ?」


 慌てるマユサだが、すぐに出発するわけではない……、出発寸前に手早く準備ができるならそれでもいいが、長旅の準備は前日にやっておくべきだろう。


「色がないとなにもできないのよ。だからまずは、色を付ける。色を付けるためには、今のところ一つしか方法がないわけだから――、初っ端から危険だけど、がまんできるわよね?」


「大丈夫だよ、私が守るからね、マユサっ」


「……え、と、つまり、」



「うん、君が思っている通り。モノクレードルでもモノクラウンでもいいけど、多種類のインクで世界を染めるために、巣をちょっとつついてみようと思って。

 たぶん群れで襲ってくると思うから――こっちから手出しする分、不意を突かれるわけじゃないけど、それでも充分に危険だから覚悟してほしいわね……。

 どうする、前言撤回して逃げる、マユサ?」



 内心、ガクガクと震えているが……ここは引いてもいい場面だ――男に二言はない、と、がんじがらめになっているわけではないマユサは、引き返せる……だけど。


 きっと、この勢いで進まないと下りた足は二度と上がらない気がした……。

 早計な決断は早死にしそうだが、こんな世界である……、熟考しようが死ぬ時は死ぬのだ。


 考える時間があるだけまだマシだろう。


 マユサは上げたままの足をそのまま力強く踏み込んだ。


「やる――やりますっ、リオさんっ、いえ……師匠っ!」


「ん。なら責任を持って君を強くするわ……、

 諦めてもいいけど勝手に逃げないでね、お弟子くん」

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