第17話 瓜二つ

 マユサが目を覚ました時、気を失った時と同じ柔らかさと温もりがあった。


 今度はちゃんと確認できる……、知らない匂いなのになんだか落ち着くのは、体内を流れる血が覚えているからなのだろうか……。



「…………はっ」


 ぎゅっと抱きしめられているせいで、分かっているのに離れられなかった。


 女性の胸に顔を埋めるなんて、リオンが見たら「躾け」と言って鞭を振るってきそうだ。


「ちょ、はな、れ――」

「だめ、ユサーぁ」


「だから僕はマユ、」


「起きたんだ、マユサ」


 と、不機嫌なリオンがマユサとユイカを見下ろしていた。

 ……なんで不機嫌なのか、と聞くまでもなく、

『こういうこと』はリオンにとっては嫌悪感にしかならないからだ。


 女性の胸なんてもってのほかだ。

 体に触ることも、マユサは許されていない……、そこに強制力はなかったりするが、リオンの不機嫌な顔以上に、悲しそうな顔を見るのは嫌なので、渋々ではなく自覚的に従っているマユサだったが……、今回のこれは仕方がない。


 気付いたらこうなっていたし、

 それにこの子は自分のことを『ユサ』という別の誰かと勘違いしているのだから。



「うん……リオンは足、平気なの?」


「自分のことよりまずわたし? ……ありがと。

 大丈夫だけど、それよりもあんたは自分の怪我のことを心配しなさいよ。痛くないわけ?」


 え、と意識してみれば、少し体を動かしただけで、ぴし、と体に亀裂が走ったように激痛がやってくる。……どうして今まで気づかなかった? 


 自覚したか、していないかが、これほど顕著に影響するとは思わなかった。

 それとも抱きしめられているこの状況が痛みを和らげる効果でもあったのだろうか……。


 彼女の匂いも関係あるとか……?


「なに匂いを嗅いでんのよっ」

「あ痛っ!?」


 耳を引っ張られる……、そんなマユサが自身から引き剥がされそうになったのを感じたのか、ユイカがさらにぎゅっとマユサを抱きしめる。


「逃げるな……ユサ……ぁ」

「っ、この女……っ、またマユサにぎゅっとしてるっ!」


「リオン!? 耳だけを引っ張らないで! 引っ張るなら腕とか足とか他にもあるでしょ!

 耳だけじゃ千切れるっ……取れる取れるっ!」


 聞く耳を持たないリオンが両手でマユサの片耳を掴み……、いつ、ブチブチ、と千切れてもおかしくはなかった。


 千切れる想像をしたマユサがゾッとして、まだ比較的、自由がある片手を動かしてリオンではなくユイカの方を遠ざけようと体を押す。


 だが、押した力が跳ね返された。


 マユサが押したのは、ユイカの胸だった。


「マユサッ!」

「ひっ」



「――はーい、リオン、落ち着いて」



 リオンを背後から羽交い絞めにしているのは、ユイカよりも大人なお姉さんだった。


 マユサとリオンは『マナさん』と呼んでいる。


 二人が物心ついた頃から一緒に生活している二人の保護者である――『お姉さん』だ。



 ……のだが、正直、年齢は分からない。

 見た目、そこまで老けている感じはしないのだが、二人が小さい頃から見た目が変わらないので、十代ということはないだろう……。


 怒った顔を見せたことがない、優しい微笑みを常に維持しているブロンド色の髪を持つ女性が、頭をぽんぽんと撫でて、リオンを落ち着かせた。


「マユサもこの子もわざとじゃないの。それに、この子はマユサと別の子を勘違いしているだけらしいし……焦る必要なんかないでしょう?」


「問題なのはマユサでしょ……がるるぅ」


「牙を見せないの……。部屋が明るいからって興奮しているのかしら」


『マナさん』が手を頬に添え、はぁ、と息を吐く。

 ……言われて気づいたが、部屋がいつもよりも明るい……。

 部屋だけじゃない、地下世界全体が、明るい……?


「え、なんでこんなに明るく……?」


「魔力を地下世界、全体に流してくれた人がいるの。節約するべきだって説得しようとは試みたんだけどねえ……、『その人』が節約暮らしなんて絶対に嫌だと言うものだから」


 全体とは言ったが、マユサたちが暮らしている空間だけだ。

 そうは言っても、やはり常に明るくするとなると、魔力の消費も激しいはずだが……、

 その人は躊躇わなかったのだろうか。


「ハプニングさえ起こらなければ、魔力も休息を挟むことで戻るものだしね。そこまで深くは考えていないんじゃないかしら。

 でも、その人は外からやってきたわけだし……、外を生き延びられる実力があるなら、地下世界を照らすくらい大したことでもないのかも」


「……その人、って……」


「ん、アタシだけど」


 気づけば『マナさん』の横に立っていた、ユイカと同じく高級そうな制服に包まれている金髪の女性……、マユサは反射的に、名前を呼んでいた……。


「え、リオン……?」


「惜しい。リオよ……。ふう、やっぱり瓜二つよねえ。ちょっと運命を感じるかも。

 ユサの子孫があなたで、アタシの子孫がこの子、なのかしら」


 リオンは肩で揃えた金髪だ……、だから順調に伸ばせば、横に立つ少女……『リオ』のような見た目になるのかもしれない。


 身近な存在のリオンを通すことで気にしていなかったが、客観的にリオの容姿を見れば、かなり可愛い顔をしている……。

 つまり彼女の瓜二つ(髪型を合わせれば)であるリオンもまた、可愛い顔をしていることになるのだ……。


 なによ、と睨んでくるリオンに視線で、なんでもない、と答える。


 不思議だ、瓜二つなのにリオンのことは可愛い、とは思わない。

 ……誤解を解いておくと、マユサにとっては可愛いと思う段階の距離感ではないのだ。もちろん、間違いなく可愛いのだが、それよりも『頼れるお姉ちゃん』という意識が強くて――。


 可愛いと思ってはいても、ドキドキしない。


 ドキドキしないから、可愛いという判断もされない――のかもしれない。


「あんたも、いつまでも寝てないで起きなさい――ユサが困ってるでしょ」

「あの、マユサなんですけど……」


 そろそろ、いちいち訂正するのも面倒になってきた……。同時に、この二人にとって、その『ユサ』という存在が大きいのだろうということが分かった。


 ユサ……マユサの、先祖……?


 そんなにも頼りになる男の子だったのだろうか……。


 ――マユサとは違って。

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