第18話 観察者

「あれ? リオがどうしているの?」


「同時期に封印されたんだから、目覚める時代に差はないでしょ……。話を聞いたけど、一ヵ月くらい、アタシの方が早く目覚めたらしいけど……。

 ふうん、ユイカの方が包んでくれた魔法の手が多かったわけね……、支持してくれた人数の差が証明されたみたいで癪ね」


 寝ぼけていた意識がはっきりと覚醒したユイカが、リオを見てまずそんな疑問を抱いた。

 椅子もない地下世界は、洞窟の中のように視界が岩で埋まっている。


 椅子と言うのであれば、転がっている岩がちょうど良い椅子になる。

 マユサは慣れているが、リオは文句を言っていた……ふかふかのベッドなどここにはない。


 モノクレードルから剥いだ毛皮で作った『それっぽい』ものはあるが、固い地面に直で横にならない程度の意味しかないだろう。


 だからか――固い岩にも座りたくないのか、自身の魔法の手に腰かけたリオ……、

 マユサは、「それって柔らかいの?」とちょっと思った。


「一ヵ月、先に……じゃあ、色々と調査済みだったり?」


「調査中、ね。調査すればするほどよく分からない世界よ。地上はほとんど砂漠みたいに灰色の砂ばっかり。ここから遠いけど、遺跡みたいなのがあったっけ……。

 薄い霧がかかって視界も悪いし、警戒せずに突き進んでいけばモノクレードルとモノクラウンにばったりと出会ってしまう。まあ、グレイモアと違って魔力に飢えたわけではなさそうだから、戦闘を避けることは難しくないけど……」


 縄張りに侵入したから襲われたのだろう……、

 もしくは彼らが餌を求めていたのであれば、マユサたちは標的になってしまうが……。


 ただの獣の習性を持っているだけならば、脅威ではあるが、どうにもできない相手じゃない。


 リオからすれば、グレイモアの方がよほど脅威である。


 幸い、今のところグレイモアには遭遇していない。

 ……だが、それはつまり、かつてグレイモアだった元人間は、今は奪われたものを奪い返して、ちゃんと人間になっていると言える――。

 そして、全てを奪われグレイモアになったはずの元地上人は、この世界にはいない……ということになるのではないか?


 世界から消えた証拠がなければ、リオたちの時代のグレイモアのように、地中に埋まっている可能性もあるのだが……、

 ただそれは、過去のグレイモアが地底人だったから、である……。


 地上にいるべきグレイモアがおらず、モノクレードルやモノクラウンが支配しているということは……、既に証拠と共に、『食べられた』可能性が高い。


 希望を託してくれたユイカとリオの仲間は、この時代にはもういない……。



「……百年、ね」


「え?」



「およその話だけど。きっちりと文献が残っているわけじゃない。なんとなくね……、地上の状態、変遷を考えたら、それくらい経っているべきだって思ったから」


「ふーん。リオが言うならそうなのかもね」


 と、ユイカはあっさりしていた。


 ……百年。二人は、百年前からやってきた?


「やってきた、というか、昔の状態のまま封印されていて、つい最近、目覚めたばかりってことね。アタシたちの止まった時間が再び動き出したってこと。

 だから過去から飛んでやってきたわけじゃないのよ、弟く……マユサくん」


 また間違えられていた。もう訂正する気も起きなくなった。……もうユサでも弟くんでもいいかもしれない。

 内面が違うとしても、見た目で反射的に呼んでしまうのだろう……、内面に差があることを理解してくれているなら、呼び名なんてなんでもいいのかもしれない。


「あれ? でもマユサがユサの子孫ってことは……ユサはあの時、死んでいなかった……?」


 ユイカが封印されて未来へきている以上、マユサの血は誰から引き継がれているのかと言えば、やはりユサだ。


 ユサとユイカ以外に血の繋がりがある存在が過去にいたのかもしれないが……、しかしここまで瓜二つとなると、本人しか考えられない。


「私が封印された後、助かったんだね、ユサ……っ」


 事実は本人に聞いてみなければ分からないが、この世界にはもういない……。

 封印でもされていない限りは、百年以上が経っていれば寿命で死んでいるはず……。


 だからこそ、マユサがいるわけだ。


 百年であれば、マユサとユサに面識があっても……、

 いや、百年と言ってもリオが導き出したおよその数字だ。


 さすがに二百、三百年と差があるとは思えないが、それでも百年と百九十年の差は大きい。面識がないのもあり得る話だ……。


 それに。


 マユサの生い立ちに事情があれば――家族と離れて暮らしていれば、親より上の世代との交流もないだろう。

 こうして地下世界で、幼馴染のリオン、育ての姉であるマナと暮らしていることが証明だ。

 少なくとも、ちゃんとした家族の下で生まれて育ったわけではない様子だった……。


 それが不幸だ、とは言わないが。



「…………」


「な、なによ、わたしのご先祖さま……?」


「ま、アタシの家庭はごちゃごちゃだからね……アタシの血が混ざっていなくとも、瓜二つの子が生まれることは珍しくもないか。

 親戚みんな、顔がそっくりだから、誰の血が混ざっていても瓜二つになるのかもねえ」


 と、リオがリオンを見て呟いた。


「……あなた、家族は?」

「家族はマユサとマナだけね」

「そこにワンダくんも入れてあげて……?」


 リオンの返事に、育ての姉であるマナが困った顔で答えた。

 マユサ、リオン、マナと、もう一人いる……、主に食糧や衣服に使う毛皮などを狩りに、地上へ出ている力自慢がいるはずだ……。

 でないと町でもない地下世界の洞窟で、三人で暮らすなど無茶である。


 彼が今、狩りに出ていてこの場にいないからこそ、マユサとリオンが地上へ出て、色の欠片を探していたのだ。

 結果的にリオが魔力を提供したおかげで地下世界が明るくなったが、その手助けがなければ暗闇の中で過ごすことになっていた。


 勝手知った家とは言え、地下世界の暗さは正面にいる人の顔も見えない。

 狩りから帰ってきたもう一人の家族が、この部屋に辿り着けないことはあり得る……。


 彼が持っている色の欠片も、残り少なかったはずだし――。


「慣れてるみたいだけど大丈夫なのかな? 近くにいたの? でも、なんだっけ、モノクラウン? が、いたし。ちっちゃい方も他にもいそうな雰囲気だったよ」


「モノクレードルよ。……比べれば小さいけど、あれでも大きいんだけど」


 魔法使いの背中から出ている、少女の体よりも大きな魔法の手……。

 それと同じ大きさの手を持つモノクレードルは、確かに小さいとは言えない大きさだった。


 それ以上にモノクラウンが大き過ぎるだけなのだが……、

 モノクラウンは全てがあの大きさなのか?


「モノクレードルの王様と呼ばれているくらいだし、やっぱりサイズは大きいんじゃない?」


「それも調査で分かったの?」

「そうね、巣を見つけたから」

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