第15話 vsモノクレードル

「ぼ、僕は……」


 たぶん人違いだ、と思いながらも、訂正よりも先に、マユサにはやるべきことがある。


 モノクレードル。

 そしてそんな化物に襲われている家族のリオン。


 ……お願いするのは心苦しい。いま目覚めたばかりの少女に頼むことではないだろう……、だけど、力がないマユサには、お願いすることしかできないのだ。


 情けない……、分かってる。


 ――分かってる、けどッ!!


 プライドと大切な人を天秤に乗せたなら、プライドなんか捨ててやるッ!


 力がないことを認め、人に頼る。

 恩は必ず返す……強くなって、今度は命を懸けてあなたを守ると誓うから――だからっっ!!



 マユサが少女の手を取り、起き上がらせて、頭を下げる。


「僕の家族を……っ、リオンを助けてくだ、」


「うん、分かった! ちょっとだけ待っててね」



 赤をメインにした、青と黄色の見慣れない高級そうな制服。

 灰色だらけの世界でたくさんの色を持つその姿は、浮くなんてものじゃない……、もう輝いて見えている。


 彼女の背から、手首から先の青色の拳が見え……、それが彼女自身の体を掴む。


 巨大な手の平に持っていかれた少女が、助けるべき少女と倒すべき化物を認識した。



「あれね。……それにしても世界に色がないけど……まあ、節約すれば大丈夫かな」


 見上げたマユサが、ぼそっと呟いた。


「君、は……」



「ユサかと思ったけど違うんだよね……でも、そっくりってことは子孫かなにか? ま、後で色々と教えてもらうからね。ここはお姉ちゃんに任せて笑ってて、ユサ」


「――僕はマユサです!」


「ん、じゃあマユサ。笑ってて。私、ユサの笑顔が大好きだから」


 かつて、魔法使い――、

 その中でも選抜された『スターズ』と呼ばれた少女が、目覚める。


 同時に、重度のブラコンでもある彼女が、過去を生きた弟と瓜二つの現在の少年を見つけてしまえば、放っておくことなどできるわけがない。


 青色の魔法使い・ユイカ。


 この時代で目覚めた魔法使いは、これで




 握り締められた青い拳が、長い耳を持つモノクレードルの頬を殴る。


 ユイカからすれば巨大な拳だが、モノクレードルからすれば自身の手と同じくらいだろう。

 頬に一撃を受けたが、それで意識が飛ぶほど堪えられない威力ではないようだ。


「……見た目は完全に兎だけど……?」


 気になるのはお腹にある電球のようなガラスの球体だ。


 黄色い液体……、インクが気になる。

 殴られた後、ざざー、と地面を擦って勢いに堪えるモノクレードルが、口の端から黄色い液体を垂らした。


 ぽた、と滴るそれが真下の地面を灰色から黄色へ変え……、

 いや、正確に言うなら着色したのか。


 続けて数滴が垂れれば、染みた範囲がくっつき、その黄色が……、世界を少しだが、明るい色で染めていく。


 さすがにユイカでも気づいた。

 スターズの中でも賢い方には入らない彼女でも、色がない世界とインクを持つ生物……、垂らされたインクが世界を染める状況を見れば、この時代の戦い方が見えてくるというものだ。


「色を持つ生物からインクを奪って世界を染めていくってことね……。

 これなら『カラフル・スター』と同じルールで筆ペンを強化できる!」


 自身の属性色のみで戦うこともできるが、燃費が悪く、威力もユイカが持っている範囲までしか出せない。

 他の色を重ねて、再び属性色へ戻ってきた時、重ねた分の威力が上がって魔力の消費も少なくなるのだ。


 今のユイカの戦い方ではジリ貧になる……、

 だから一刻も早く別の色で世界を染めるべきだ、とは分かっているものの……。


 問題は、インクを持つ生物が、目の前にいるこのモノクレードルしか発見できていないということだ。


 そして、インクが黄色だけでは意味がない。

 ユイカの視界の中には属性色である青がないのだ。


 いや、自身の制服に、あるにはあるが……。


 名前の最後の文字を利用し、繋げなければ効果はないのと同じだ。


 黄色を奪い、筆ペンを黄色に染めてしまえば、再び青色を奪わない限り、ユイカは魔法を放つことができない。


 最低でもあと一つ……。

 青色を持つ生物を見つけてインクを吐き出させなければ、積み重ねることができない……。

 そう、黄色だけがあっても結局、ユイカは自身の魔力のみで戦うことしかできないのだ。


 燃費が悪い戦い方は、思っているよりも早く限界がくるものだ。



「はぁ……つ、疲れる……っ」


 魔法の手を扱うのは自身の手を振るよりも気力を使う。

 ぜえはあと呼吸ができないほどの疲労がどっとくるわけではないが、視界が明滅したり吐き気がしたりなど、内部から崩れていくような感覚だ……――魔力は生命力である。


 魔力がなくなれば当然、体のあちこちから弊害が出てくる。


 倒れて動けなくなれば、目の前の生物にやられ放題になってしまう……。


 節約。しかし節約していれば、劣勢になる……。


 色のない世界は、過去の魔法使いにとっては、最大の悪環境であった。



「――リオン!? 大丈夫!?」


「…………あの、人は……」


 ユイカの青い拳でモノクレードルが殴り飛ばされたことにより、抑えつけられていたリオンの体の自由が戻った。


 だが、抑えつけられていた時に足首を捻ったせいで、まともには立てない。

 察したマユサがリオンを支えて立ち上がらせる。


「僕もよくは知らないけど……でも、戦える人なんじゃないかな……」


「本当に? すっごく、ピンチみたいだけど……?」


 マユサが視線を向けると、見えたのはモノクレードルの頭突きを受け、

 背に見えていた青い手の平が、ガラスが割れたように砕けた瞬間だった。


 マユサよりは年上に見えるが、それでも大差ない少女である。

 彼女が巨体の頭突きを受け、真後ろに飛ばされる。


 地面を転がった彼女は頭の上に積もった土を首を振って落とし、立ち上がろうとして――がくっ、と、膝を地面に落とした。



「あ、れ……?」


(元気に「分かった」なんて言うものだから、勝算でもあるのかと思えば……、そうでもない!?)


 さっきは大きく見えていた少女の背中は、今はすごく小さく見えている……。弱みを見せてはいないものの、目的地が分からない迷子の子供、のような不安さが伝わってくる。


 手足が震えているのは怯えのせいか? それとも怪我でもしている……?


 どちらにせよ、彼女に任せたままではモノクレードルは倒せない……、

 それだけでなく、あの子の命だって危なくなっているっ!


「どうす――あいたっ!? 痛いよリオン!?」


 耳から伝わる激痛に顔をしかめる。

 隣にいるリオンが、マユサの耳を強く引っ張ったのだ。


「出ていって、あんたになにができる? あの人が誰か知らないけど、勝ち目があるから向かっていったんじゃないの?

 ピンチになっても、勝てなくとも逃げる手段くらいは持っているはずでしょ。わたしたちが手を出してあの人の邪魔をするべきじゃない」


「だと思う、けどさ……」


 ……本当に? 逃げる手段があるから立ち向かっていった?

 助けを求められた瞬間に駆け出した彼女が、そこまで深く考えているとは思えなかった。


 マユサが頼んでしまったから。

 ……逃げる手段を持っていないまま立ち向かうことしかできなかった可能性だってある。


 あのピンチがマユサのせいだとしたら、このまま放って地下へ避難するのは後味が悪過ぎる!


 どうすれば……、どうしたらっ!?



「…………? リオン、いま、振動が……」


「…………」

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